宮城のニュース

<港町を拓く>幸せ感じる音楽の街に

仙台市内の店舗で自作のベースを手にする梶屋さん。「ギター産業を女川の観光資源にもしたい」と思い描く

◎女川・商店街23日開業(下)新風

 東日本大震災の復興まちづくりが進む宮城県女川町中心部に、オリジナルブランドのエレキギター・ベースを生産する工房が誕生する。
 23日開業のテナント型商店街に入る「セッショナブル」だ。社長の梶屋陽介さん(32)が胸を弾ませて語る。
 「欲しくてどうしようもなくなる、世界で売れるギターを作りたい。雇用や利益を生みだし、女川に貢献したい」
 工房の敷地面積は約100平方メートル。木工機械などを備える。県産や北海道産の材木を使う予定。ギターはボディー部分とネック部分をつなぎ合わせて作る。結合には、陸前高田市の気仙大工の高い技術を生かす。

 震災前までは女川町に縁もゆかりもなかった。
 鹿児島県種子島の和牛農家に生まれ、島の濃密な人間関係の中で育った。大学卒業後、東京都内の大手楽器店に就職。ギターの販売などを担当した。
 震災時、津波の映像に衝撃を受け、居ても立ってもいられなかった。「東北に行かなければ」。被災地でボランティアとして支援物資の配布などをするうち、音楽でより貢献できないだろうか、と考えた。
 ギターの製造から小売りまでを自社で手掛けたい。梶屋さんがそんなビジネスモデルを模索していた際、創業支援をする女川町のNPO法人「アスヘノキボウ」代表の小松洋介さん(33)と出会った。
 「女川に来てみないか」。14年3月に誘いを受け、梶屋さんはすぐに事業計画書を持参した。小松さんは「現実味がある。本気でやるんだな」と感じた。
 梶屋さんは、ギター演奏が趣味の須田善明女川町長を紹介されて意気投合。工房を構える土地の確保や資金繰りで、公民の協力を得た。

 販路確保にも力を入れる。楽器店を辞め、14年11月、国産エレキギター・ベースの専門店を仙台市内にオープン。1カ月に20本ほどが売れているという。
 工房は当面、試作を重ね、生産環境を整える。来年2月をめどに働き手を採用し、早ければ来春にも製品の出荷を始める。将来的には1カ月に150本の生産を目指す。
 「地方へのIターンで起業するときは、地元に受け入れられることが大事。女川の皆さんが、その仕組みをつくってくれた。女川を音楽の街にし、少しでも人々の幸せに貢献したい」
 梶屋さんの思いが、港町に新たな息吹を吹き込む。


関連ページ: 宮城 社会

2015年12月22日火曜日

先頭に戻る