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<防災庁舎>保存の是非 31年までに結論

防災対策庁舎の現状調査のため、周囲にフェンスを設置する工事作業員=22日午後、南三陸町

 宮城県南三陸町は22日、東日本大震災で被災した防災対策庁舎を宮城県へ引き渡した。2031年3月10日まで県管理の下、震災遺構として保存するか解体するかを決める。残された時間は15年3カ月。まず何をすべきか。佐藤仁町長と解体を望む遺族、県有化を推し進めてきた町議に聞いた。

 佐藤町長は22日の記者会見で「遺族、町民に多様な考え方がある。すぐに議論を始める必要はない」との考えを示した。
 佐藤町長は当初、防災教育の一環として学校で震災の教訓を話し合う機会を設け、防災庁舎をめぐる議論の端緒にしようと検討。だが、庁舎で犠牲になった職員の子どもも通学していることを考慮し、断念した。「議論を始めるのは庁舎の周辺整備が終わる2、3年後でも遅くない」と明かす。
 庁舎の解体を求めてきた、遺族の千葉みよ子さん(69)は「町長の考えを知ることから始めたい」と話す。早期解体を求める遺族会は5月、町長に庁舎の在り方を問う15項目の質問書を提出したが、納得のいく回答を得られなかった。
 遺族会メンバーは高齢者が多く、次世代のために町長が県有化を受け入れた理由を文書で残す必要性を訴える。「庁舎を見るのがいまだにつらく、我慢を重ねている。町長に議論の口火を切ってほしい」と願う。
 県有化を求める請願を6月に全会一致で採択した町議会。請願の紹介議員となった後藤伸太郎町議は「議論の土台づくりが大切だ」と提案する。誰でも意見が言いやすい少人数の場を設け、議論をスタートさせることも視野に入れる。
 後藤議員は「いつまでも遺族だけが考えるのではいけない。大人が黙ったままだと、それを見た子どもも意見を言えなくなる」と懸念している。


2015年12月23日水曜日

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