宮城のニュース
  • 記事を印刷

<3.11と今>成長と復興 合わせ鏡

飛翔ちゃんの成長を喜ぶ阿部さん(右)。再会した飛翔ちゃんは、ひらがなで名前を書けるようになっていた=昨年12月21日、石巻市
2歳上の兄一颯ちゃんと0歳の飛翔ちゃん(下)。震災の混乱で生まれた直後の写真や動画は撮れなかった

 東日本大震災から5年がたとうとしている。被災地で多くの困難に直面した人々は、震災が突き付けたものの意味を思い、災後の日々を重ねてきた。混乱を極めた時期から一歩ずつ再生の道を歩む5年間の時間軸の視座から、それぞれの心の軌跡をたどる。まずは子どもに光を当てたい。

◎子ども 成長の春(1−下)馬場飛翔ちゃん

 「この日を選んだ子だから、きっと強く育つよ」。懐中電灯に照らされた赤ちゃんに皆がそう思った。
 身長47センチ、体重2414グラムだった小さな命は一日一日を懸命に生き、健やかに成長している。
 2011年3月12日午前1時10分、宮城県石巻市の民家で馬場飛翔(ひゅうが)ちゃん(4)は産声を上げた。暗くて寒い部屋。不安げな母綾菜さん(26)を励ましたのは、その日初対面の保健師たちだった。
 予定日から2日過ぎた11日夜、高台にある避難先の夫の実家で急に陣痛がきた。津波で浸水し、病院にたどり着けない。自力で産むことを覚悟した。
 そこへ近くの避難所で救護活動をしていた石巻市の保健師阿部清子さん(38)が看護師と駆け付けた。
 阿部さんは布団に新聞紙とペット用シーツを敷き、飛翔ちゃんを取り上げた。へその緒は家庭の裁縫用具や常備薬で処理した。ナプキンとタオルでおむつを作った。
 大量出血が心配されたが、輸血の準備はない。雪をビニール袋に詰めておなかを冷やし、出血を抑えた。「母子を助けたい」との一心だった。
 寝返り(3、4カ月)
 ハイハイ(5カ月半)
 伝い歩き(6カ月)
 歩く(9カ月)
 母子手帳に順調な発育ぶりが記されていく。とても活発で足が速く、幼稚園の運動会は2年連続で1等賞だった。2歳上の兄一颯(いっさ)ちゃんの影響で空手を習い始めた。
 昨年8月、津波で石巻市の自宅が被災した馬場さん一家はみなし仮設住宅から災害公営住宅に移った。子ども部屋ができた。「ひろくてたのしい」とはしゃぐ飛翔ちゃん。
 「つなみってなに?」。まだ分からない。「大変な中で生まれてくれ、普通に生活できていることが大きな喜び。自由に育ってほしい」と綾菜さんは思う。
 出産から約1カ月後、阿部さんは馬場さん親子と市役所で再会。一緒に出生届を書いた。乳幼児健診でも偶然の出会いが重なり、ずっと成長を見守っている。
 阿部さんも津波で自宅が被災し、知人たちを亡くした。震災で苦悩を抱え込んだ人々に接するとつらい。
 仕事机に置く「宝物」が力を与えてくれる。飛翔ちゃんと会うたびに撮りためた写真のアルバム。綾菜さんがくれた感謝の手紙も、手帳に挟みお守りにしている。
 「苦しい時、みんなで頑張った」と阿部さんは言う。「あの子の成長を見ると、石巻も復興に向かって進んでいるんだと思えて明るくなる。私の希望です」(坂井直人)


2016年01月01日金曜日

  • 記事を印刷

先頭に戻る