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<北海道新幹線>奥津軽の宝 掘り起こす

天を突くように枝を伸ばす「十二本ヤス」。大きさと異形が見る者を圧倒する
 いとう・いちひろ 54年、旧金木町(五所川原市)生まれ。05年にNPO法人かなぎ元気倶楽部を設立し専務理事に就任。金木商工会の事務局長も01年から務める

 青函圏の人々が待ち焦がれた北海道新幹線の開業(3月26日)まで3カ月を切った。青森県内では、全国各地から足を運んでもらおうと、青函連携や観光資源の掘り起こしを進める民間団体の活動が盛り上がりを見せている。「いよいよ開業。わ(わたし)も、な(あなた)も、何かやんねばねーべさ!」。熱い思いを胸に、どんな取り組みをしているのか。奮闘する人々に会いに行ってみた。

◎わもなも青函応援団(1)NPO法人かなぎ元気倶楽部専務理事 伊藤一弘さん

<ヒバ林でツアー>
 20メートルを優に超える青森ヒバが生い茂る林は、しんと静まり返り、荘厳な雰囲気を醸し出す。鳥居をくぐり、水気を含んだ石段を上ると、12本の太い枝が空に伸びる異様ないでたちをした青森ヒバの神木「十二本ヤス」が姿を現す。
 「ヤス(モリ)の形から名前が付いた。12は山の神祭日で、13本になると必ず1本枯れると言い伝えが残る。まさに神聖な場所」。ヒバ林に声が響いた。
 北海道新幹線開業を見据えて2013年、五所川原市金木地区に多く残る津軽森林鉄道跡と青森ヒバ林を組み合わせたトレッキングツアー事業「奥津軽トレイル」を始めた。
 「青森ヒバは明治から金木にあった。森林鉄道は青森で最初の近代化産業遺産。津軽の誇りで、誘客コンテンツにしたかった」

<滞在型の観光を>
 地元金木を盛り上げようと、06年4月に太宰治記念館「斜陽館」の館長に就任。運営に力を入れた。太宰ファンは連れ立って訪れるが、金木には立ち寄るだけだった。
 どうすれば津軽半島に滞在型観光が根付くのか。悩みが募ったとき、埋もれていた金木の観光資源に目を付けた。
 「半島に長くとどまってもらうシステムが必要だ。トレッキングを核にすればいろいろな産業がついてくる」
 ルートは、十二本ヤスを見られる「喜良市川支線軌道跡」(8キロ、津軽鉄道金木駅東部)、太宰が幼少期に初めて旅をしたとされる不動の滝を入れた「中里支線軌道跡」(3.2キロ、同津軽中里駅北東部)、幕末に吉田松陰が通った「小泊海岸林道片刈石支線軌道跡」(9キロ、竜飛崎南部)の三つを設定した。
 高齢者でも安全か。鉄道跡も青森ヒバも十分に楽しめるか。どのルートも自らの足で確かめた。軌道は勾配の少ない渓流沿いに敷かれ、トレッキングに向いている。青森ヒバ林には天然の薬効成分があり、リラックス作用をもたらす。
 「エコツーリズム、ヘルスツーリズムとして推進するのが半島に合った観光の形だ」。自らを含めガイドを4人用意。独自のトレッキングルールを設け、自然・文化を守りながら楽しめるよう工夫した。

<ルート増で誘客>
 奥津軽トレイルの認知度はまだ低い。14年5月に参加者の募集を始めたが、同12月までに申し込んだのは約120人。団体客が多く応募に波がある。
 昨年、1年をかけ未調査だった鉄道跡を歩いた。ルートを増やし、さまざまなニーズの観光客に対応できるようにと考えた。歩いた距離は計約130キロにも及ぶ。新年度は10ルートに増やす予定。本年度中に新しいパンフレットを作り、旅行会社と商品化を進める。
 「金木流のトレッキングを作り上げ、新幹線でつながる函館や東京の人たちにも津軽半島の魅力を伝えたい」。強い決意を胸に、青函圏の新たな魅力づくりに奔走する。(青森総局・畠山嵩)

[津軽森林鉄道]大都市圏での木材需要の急増に対応するため、青森ヒバの運搬を目的に1910年に運行を始めた日本初の森林鉄道。津軽半島に網の目状に張り巡らされ、最盛期で総延長約320キロにも及んだ。車社会の進展で67年に廃止された。


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2016年01月03日日曜日

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