岩手のニュース

<3.11と今>悲劇 繰り返させない

夜の闇を照らす災害公営住宅の明かり。少しずつ復興へ歩む大槌の力になりたいと語る夢夏さん=昨年12月21日、岩手県大槌町
5歳下の妹と夢夏さん(左)=2012年3月

◎子ども 成長の春(3)小国夢夏さん

 大声でまくし立てる町政トップの真意が知りたかった。
 東日本大震災で被災した岩手県大槌町の旧役場庁舎の解体か保存かをめぐり、町が昨年11月17日に大槌高で開いた意見交換会。3年の小国夢夏(ゆか)さん(18)は、解体方針を掲げる平野公三町長に尋ねた。
 「町長ではなく一人の町民として、旧庁舎をどう考えているのかを聞きたいです」
 参加した生徒10人全員が保存を求めた。平野町長は強い口調で反論。生徒たちの意見は大人の受け売りであるかのような発言まで飛び出した。生徒たちがしゅんとなった直後、口を開いたのが小国さんだった。
 大槌中1年のときに震災に遭い、祖父母を亡くした。避難した高台から見えたのは、祖父母の家があり、自分も以前住んでいた赤浜地区が濁流にのみ込まれる光景。泣き叫んだ。別の地区にあった自宅も全壊し、いまも仮設住宅から大槌高に通う。
 意見交換会を前に、おととし夏に訪ねた北海道の奥尻島を思い出した。1993年の北海道南西沖地震で大きな津波被害に遭った島は、被災地区を公園にしたり、かさ上げしたりして、津波の痕跡がほとんど残っていなかった。
 大槌でも過去の津波を記した石碑は忘れられ、悲劇は繰り返された。「また津波が来て、お父さんやお母さんが流されたら嫌だ。二度と大勢の人が死なないまちにしなければ」
 旧庁舎を残し、防災を町民に問い続ける場所にする。自分で導き出した結論だった。
 町は昨年12月、旧庁舎を解体するか保存するかの最終判断を、新年度に先送りすることを決めた。

 震災から4年10カ月。町の復興は遅れ、移転先の宅地も完成時期がたびたび延びた。それでも新しい水産加工場が建ち始め、以前は暗闇だった夜の町に災害公営住宅の明かりが浮かぶ。
 「やっと、ここからが復興なんだ」としみじみ思う。
 震災で多くを失ったが、さまざまな人との出会いや新しいことに挑戦する機会もあった。
 先輩に誘われ、赤浜地区の仮設住宅でお年寄りの昔話を聞く会を5回開いた。元気づけるつもりが、盛り上がりに圧倒された。誰もが顔見知りで声を掛け合うつながり。温かな古里があらためて大好きになった。
 昨年3月、東京であった全国の高校生が地域課題解決のプロジェクトを競う大会に出場した。予選敗退だったが「上には上がある。被災地の外でも高校生が頑張っているのに、負けられない」と刺激を受けた。

 春には宮古市の県立大宮古短期大学部に進む。将来の夢は町職員だ。大槌高の生徒有志でつくる「復興研究会」の活動で町職員と接し、災害に強いまちづくりに直接携われる仕事だと考えるようになった。
 「多くのことを学び、大槌に持ち帰りたい」。被災者を支援するボランティアサークルに入ることも決めている。(東野滋)


2016年01月04日月曜日


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