宮城のニュース

<3.11と今>私が輝き希望の光に

「名取げんきっ子」の会場で、子どもたちと楽しいひとときを過ごす里帆子さん=昨年12月19日、名取市
「東北六魂祭」フィナーレで被災者代表のあいさつをする菊地さん=2011年7月、仙台市青葉区の定禅寺通

◎子ども 成長の春(4)菊地里帆子さん

 昨年12月中旬、宮城県名取市内の公民館で、東日本大震災で被災した市内の児童や福島から避難中の子どもたち向けの行事「名取げんきっ子」があった。
 「分からないことは何でも聞いてね」。津波で壊滅的な被害を受けた名取市閖上に生まれ育った仙台二華高1年菊地里帆子さん(16)=仙台市太白区=が、笑顔で語り掛ける。
 仙台二華中3年だった2014年9月、同級生7人と「Realize Project(リアライズプロジェクト)」という再生支援の団体を設立した。代表を務める。
 お兄さんお姉さんの立場で被災した子の力になろうという取り組み。理科の実験や料理などの体験学習を通じ、震災で負った心の傷やストレスを和らげてもらうことを目指している。
 この日も活動の一環として行事に参加した。男子メンバー2人と一緒にクリスマス飾り作りを手伝ったり、「防災ゲーム」のルールを説明したりしながら、児童らと心を通わせた。
 「震災までの私は引っ込み思案で、周囲で起きた事実をそのまま受け止めることしかできなかった」。被災経験は、そんな自分に大きな変化をもたらした。

 震災当時、閖上小5年生だった。下校直前に襲い掛かった激しい揺れの後、いったん体育館に避難。「津波だ」との情報が入り、全校で校舎の屋上へ逃げた。
 屋上から閖上の街を見下ろした。そこにあるのが当たり前だった家々、「里帆ちゃん」と声を掛けてくれた地域の人たち…。さまざまな掛け替えのない存在が黒い津波に流された。「日常が明日も続く保障なんてない」と痛感させられた。
 自宅は流された。怖い夢を見て目覚める夜が続く。でも校舎の屋上で一緒に津波を見た3学年下の弟清史君(12)を心配させまいと誰にも打ち明けず、姉として気丈に振る舞った。
 惨状がまだ生々しい11年4月、再生に向けて一歩を踏みだす転機があった。

 6年生に進級し、同小に着任した先生へ児童代表として歓迎の言葉を述べた。被災としっかり向き合い、「もっといい街をつくれるように、精いっぱい生きていく」との思いを伝えた。
 この言葉がきっかけとなり同年7月に仙台で開かれた東北六魂祭のフィナーレを飾る被災者代表あいさつを任されることになった。
 あいさつには、被災地支援に携わってくれた人々への感謝と、つらい経験を乗り越える決意を盛り込んだ。「輝く太陽がなくなったら私が小さく輝けばいい。小さな私でも誰かの心の光、希望の光となるように一生懸命頑張ります」
 現在、17年に宮城県が主会場となる文化系部活動の祭典「全国高等学校総合文化祭」の企画委員としてパレードの準備を手掛ける。「宮城や宮城の高校生がここまで復興できたと、全国にPRする機会にしたい」
 同世代の仲間と手を携え、前を見据えて行動する。その一歩一歩が、被災地の未来を開くことにつながると信じている。(武田俊郎)


2016年01月05日火曜日


先頭に戻る