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<復興印宮城流>地域が先生 古里を学ぶ

出来上がったそばを食べる。自分たちが努力した、打ちたての味は格別だ
講師役の町民に教わりながら、そばの生地作りに励む子ども

◎(4)南三陸わらすこ探検隊(南三陸)

<プログラム多彩>
 地域の大人が先生になって子どもに古里の魅力を伝える。東日本大震災前には当たり前だった光景を取り戻す取り組みが「南三陸わらすこ探検隊」(宮城県南三陸町)だ。復興を支援する一般社団法人「南三陸町復興推進ネットワーク」が運営する。
 わらすこは、子どもを意味する三陸地方の言葉。南三陸町に住む小学生が週末に海、山、里の自然や郷土の文化を体験し、その道のプロが手ほどきをする。震災翌年の2012年から海釣りや化石発掘、繭細工といった多彩なプログラムを展開する。
 昨年12月26日に同町入谷のさんさん館であった年内最後の活動は、そば打ち体験だった。住民でつくる「入谷手打ちそば研究会」のメンバー3人が講師役になり、9人に教えた。
 研究会の阿部宗則さん(72)が「入谷や歌津でもソバの実がとれるんですよ」と切り出すと、「へー」と驚きうなずく子どもたち。生地作りの途中、生地に穴が空いてしまっても阿部さんは「いいんだ、失敗しないと次に成功しないから」と優しく励ました。
 伊里前小4年の及川晃平君(10)は探検隊の常連の一人。「町のことをもっと知り、訪れる人に教えたい」。仮設住宅に暮らしており、探検隊で川や山で思いっきり遊ぶのが大好きだ。
 震災で町は深刻な被害を受け、子どもは遊び場を失った。スクールバスで学校と家を往復する日々。通学路で道草は食えず、自然の中で遊ぶ機会はほとんどない。仮設住宅は狭く、自宅でひとりゲーム機とにらめっこするのが習慣になる。

<延べ2200人超参加>
 子どもの置かれた状況を改善しようと、ネットワークの地元出身のスタッフが思い浮かべたのが「ふるさと学習会」だった。町教委が志津川地区で約40年続け、震災後は休止していた。学校の垣根を越えて町の自然や文化を学ぶ活動で、「あれをもう一度やってみたい」と意見を出し合った。
 12年6月に学習会を始め、13年9月に南三陸わらすこ探検隊に名称を変更。月2回のペースで計106回開催し、延べ2200人以上が参加した。
 小4と小2のきょうだいを活動によく参加させる同町の自営業西城裕一さん(35)は「なかなか仕事が忙しく、遊んでやれないので助かっている。子どもがいつも『きょうも楽しかった』と帰ってくるのがうれしい」と歓迎している。
 笑顔は、町の子どもたちに着実に広がっている。(南三陸支局・古賀佑美)

◎自主的な活動が理想
 5年後といえば町の復興が進み、地域コミュニティーが再生されている頃。わらすこ探検隊の形をとらずに、町民自らが先生になって自主的に近所の子どもと遊んでいてほしい。今はそのきっかけをつくっている段階だ。(南三陸町復興推進ネットワークの同隊担当者 高橋美妃さん)


2016年01月05日火曜日


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