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<なまはげ>人口減や高齢化…継承心もとなく

酒と料理のもてなしを受けるなまはげ。かつては多くの家で見られたが、珍しい光景になった=2015年12月31日午後8時30分ごろ、男鹿市北浦安全寺

 秋田県男鹿市の男鹿半島に伝わる民俗行事「なまはげ」が、人口減少や高齢化により姿を変えつつある。なまはげのなり手が少ないほか、習わしや意義の継承も心もとなくなってきた。2015年の大みそか、同市北浦安全寺地区のなまはげに同行して、現状の一端を垣間見た。(秋田総局・藤沢和久)

<本来は未婚男性>
 「ことしは還暦のなまはげだ」。12月31日午後2時すぎ、地区の公民館に現れた自営業安田一彦さん(60)はそう言って苦笑した。
 なまはげにふんして40年になる。「本来は未婚の男性が務めるもの」と一彦さん。ところが、この日集まった6人のうち5人は40代以上で、うち4人は既婚者だ。「若者がいてくれればいいのだが」とこぼす。
 男鹿市によると、安全寺地区の30歳以下の男性は10人に満たない。住民全体でも171人(15年11月末)と1975年の555人から3分の1以下に減った。
 地区は、なまはげ発祥の地とされる二つの山、真山(しんざん)と本山に近く、「男鹿の各集落を大みそかに回ったなまはげが正月、山に帰る前に寄る」という「帰りなまはげ」の伝説が残る。
 もともとは小正月の1月16日に実施していた。勤め人が増えたため、1990年から「成人の日」で休みだった15日に変更。それでも人繰りに苦労し、00年から大みそかになった。
 午後4時すぎ、「ケデ」と呼ばれるわら装束と200年以上伝わる面を着けたなまはげ6匹は、案内役の先達(さきだち)2人に連れられて二つの神社にお参りした後、2班に分かれて集落を回り始めた。

<もてなし方変化>
 「言うこと聞がねど山さ連れでぐど!」と叫ぶなまはげに、子どもは「お利口さんにします」と泣きじゃくった。一見、昔ながらの光景に見えるが、先達の会社員安田忠市さん(57)によると、家々のもてなし方は様変わりした。
 座敷に通して酒や正月料理で歓待せず、玄関で応対する家が増えた。この日も1班が回った約30軒のうち、家に上げたのはわずか3軒だった。忠市さんは「高齢夫婦だけの家は、もてなすのが大変。最近は、抜け落ちたわらの掃除が面倒という家もある」と話す。
 訪問を受ける際のしきたりを知らない人も出てきた。忠市さんが例に挙げたのは、親が泣き叫ぶ子をなまはげに渡してしまうケース。市外で生まれ育ち、年末に親の実家などに帰省した若い世代に見られるという。
 親が「堪忍してけろ」と懇願し、なまはげから子を守ることで、子は親に信頼を寄せた。忠市さんは「本来の意味が薄れつつある」と困惑する。
 6人分のケデは年末に地区の男性が公民館に集まり、稲わらを1日かけて編み上げた。今回は約10人が参加した。
 その一人、団体職員安田清美さん(46)は「昔は20人以上いたけれど、今の人数では全てを編むことはできない」と明かす。やむなく、腕と足の部分は数年前、毛糸に変えた。
 午後10時前、なまはげは全ての家を回り終えた。過疎化や習慣の変化で、終了時刻は年々早まる傾向にある。
 全国的にも知られる民俗行事は今後、どうなるのか。なまはげの取りまとめ役、会社員安田俊之さん(56)は「伝統の灯を消すわけにはいかないが、参加を強制するわけにもいかない」と語るにとどめた。


[なまはげ]国の重要無形民俗文化財。男鹿市教委によると2014年12月末、市内148町内会のうち81で行われた。市は地域コミュニティーの維持に役立つとして、12年から行事を実施する町内会に、一律1万円と1世帯につき300円の交付金を支給している。


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2016年01月08日金曜日


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