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<あなたに伝えたい>子も孫も元気、見守っていて

南三陸町での思い出の写真を懐かしそうに見詰める柳子さん

◎大沼柳子さん(仙台市)から桂二さんへ

<柳子さん>
 どこにいるの。迷わないように新しい家の表札にあなたの名前も書いておきましたよ。魔よけの意味もあるけれど。とにかく早く帰ってきてください。2人でにぎやかに暮らそう。
 仕事一筋。息子2人の育児は私に任せ、夜遅くまで帰ってきませんでした。時々早く帰宅すると、湯船で子どもたちに算数を教えてくれた。掛け算や俵算という計算方法をよく説明していましたね。
 頑固な人だったけれど、古里に戻りたいと言ったら賛成してくれてうれしかった。ゲートボールを始めて仲間とあちこちに出掛けたり、アワビやウニを「うまい、うまい」とおなかいっぱい食べたり、志津川を満喫していました。あのころが本当に懐かしい。
 震災時は志津川病院の3階で入院中でした。あと1週間で退院という時だった。避難訓練では5階に逃げる約束だったから無事を信じていました。あの時着ていた霜降り柄の水色のパジャマだけでも見つからないかと祈っています。
 避難先の東京都立川市では眠れない日々が続きました。「何で逃げなかったの」と考えても解決できないことが頭に浮かび、ふさぎ込んでしまいました。それでも全て良い方向に考えないと前に進めません。
 昨年夏、仙台市の災害公営住宅に移りました。料理教室を開いて志津川にいた時のように友達をたくさん作ろうかと考えています。あなた、子どもや孫も元気でやっています。どこかで見守っていますよね。

◎新しい家の表札に名前、迷わないように

 大沼桂二さん=当時(79)= 宮城県南三陸町志津川で妻柳子さん(78)と2人暮らしだった。桂二さんの定年退職後、千葉市から柳子さんの古里に戻った。桂二さんは胃がんを患って公立志津川病院で療養中、津波に襲われた。いまだに行方が分かっていない。柳子さんは昨年夏から仙台市の災害公営住宅で暮らしている。


2016年01月10日日曜日

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