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亡き友に鎮魂の太鼓 5年越し約束実現

震災で亡くなった三條さんらへ慰霊の太鼓をたたく鈴木さん=石巻市長面の龍谷院

 東日本大震災の犠牲者らが眠る宮城県石巻市長面の龍谷院で10日、地元で長面伝承太鼓を伝える「胴友倶楽部(どうゆうくらぶ)」の元メンバーが、鎮魂の演技を披露した。「俺が死んだら、太鼓で送ってほしい」。震災で犠牲になった部長の三條至さん=当時(64)=が生前、そう願っていた。5年越しに約束を実現。力強い音が境内に響いた。

 境内にある震災犠牲者をしのぶ慰霊碑を前に、大小の太鼓が並んだ。威勢のいい掛け声が飛ぶ。激しさを増すリズムに、軽やかな笛の音が絡む。
 約束は震災前、副部長だった鈴木徳明さん(66)が交わした。集落の住民の葬儀に参列した際、三條さんがつぶやいた。
 「俺が先に死んだ時は部長がやってくれよ」。鈴木さんは冗談半分に返した。何げない会話だった。「果たす時がこれほど早くやってくるとは…」
 鈴木さんにとって、三條さんは三つ年上の兄貴分。小さなころから何をするのも一緒だった。互いに太鼓が好きで、大人に交じって演奏していた。
 伝承太鼓は、激しいばちさばきで知られる陸前高田市の「けんか七夕太鼓」がルーツとされる。2種類のはやしで龍谷院の春祈とうなどを盛り上げる。
 胴友倶楽部は1997年、担い手減少に危機感を持った三條さんら有志約20人が結成。自費で道具をそろえて稽古を重ね、祭りや結婚式など声が掛かればどこにでも足を運んだ。
 震災で太鼓などは被災し、メンバーも犠牲になった。生き残った人も仮設住宅などに散り散りになり、胴友倶楽部は12年に解散。鈴木さんは「約束がずっと脳裏にあったが、道具もなく、寺で勝手に演奏はできなかった」と言う。
 鎮魂の演奏は、龍谷院の檀家(だんか)などが震災後初めて、春祈とうを再開することが後押しになった。住民や遺族も集まる。鈴木さんは地区に残った太鼓を借り、前区長ら住民3人の慰霊も込め約束を果たそうと決めた。
 「伝承太鼓をやったぞ」。鈴木さんは演奏後、三條さんの墓前に報告した。肩の荷が下りたような気がした。涙があふれ、止まらなかった。


2016年01月11日月曜日

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