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<適少社会>少数精鋭 楽しみと志と

牛の姿が消えた牧場でトラクターを整備する佐久間さん。村を離れて間もなく5年だが、酪農再開への意志は強い=福島県葛尾村

◎人口減 復興のかたち[2]第1部兆し(2)最少の村

 5年も住めなかった村に誰が戻るのか。自分はどうする? 被災者に自問自答が強いられる。阿武隈山地に抱かれた福島県葛尾村。福島第1原発事故に伴う全村避難が今春にも終わる。居住域の9割を対象に帰村が始まる。
 見通しは厳しい。村の仮設住宅全てが建つ福島県三春町は東北第三の都市・福島県郡山市に隣接する。医療、教育、買い物。暮らしの利便性は村を上回る。村の放射線への不安も消えない。
 1955年の国勢調査で3062あった人口は昨年12月現在で1436。2015年の国勢調査によると、村内には帰還のための準備宿泊で18人が暮らすだけだ。人口減は一気に進む。多くの村民がそうみる。
 「高齢者はある程度戻る。若い親子はほとんど帰らないかもしれない」。松本允秀村長(78)の表情はさえない。将来を問うと苦渋の度が増した。「悲観的なことばかり考える。これじゃまずいんだけどさ」

 村は枯れていくのか。10年前にIターンした中村健彦さん(70)の考えは違う。「人口減を恐れても仕方ない。日本最少の村になっても、あるがままに楽しめる。先は分からんが、そういう村づくりは面白いぞ」
 国内最少人口の自治体(昨年12月現在)は東京都青ケ島村の167、東北最少は福島県檜枝岐村で603。中村さんは帰村開始3年後の村居住者を200人台と踏む。だが悲壮感はない。「村の外に出た後、あえて山里に帰る。今までの村民とは意識が違う。少数精鋭。まとまれば、すごい村になる」
 昨年8月、準備宿泊で村の生活を実質的に再開した。水力発電組合の設立、大学の農場誘致、年金にプラスするコミュニティービジネスの創出…。全国漁協連合会で要職を務めた経験と人脈を生かし、夢を紡ぐ。

 酪農家の佐久間哲次さん(39)も前を向く。牧草地と畑40ヘクタールを耕し、乳牛150頭を飼っていた。避難生活の一方で、農機の整備や技術の取得に励み、牧場再開に向け村へ足を運ぶ。
 家業を継ぎ、発展させてきた。古里再生へ強い自負がある。人口減を逆手に不在村民の農地を集約する「逆農地解放」を提案。酪農と畜産で村の土地を生かし切るべきだと主張する。
 青年層には和牛の繁殖に特化した2世帯共同の農業経営を呼び掛ける。親牛30頭を飼い、農地10ヘクタールで飼料米や牧草などを栽培する。子牛販売と補助金などで1世帯当たり月50万〜60万円の収入が見込めるという。
 「努力を惜しまないなら、郡山の会社に勤めるより、いい暮らしができる。全力で支える」
 原発事故は憎い。人口減を望みはしない。でも時は戻せない。今は村をつくり直すとき。志のある人を増やしたい。覚悟を決め奮い立つ。


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2016年01月21日木曜日

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