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<適少社会>「住民」増やし記憶残す

宮城県の許可を得て、高さ6.4メートルの防潮堤に張った特産の雄勝石を磨く青木さん(左)と小林さん(右)=石巻市雄勝町波板地区

◎人口減 復興のかたち[3]第1部兆し(3)浜の希望

 残った住民はわずか4世帯9人。山と海に囲まれた宮城県石巻市雄勝町の波板地区は、それでもにぎやかな人の声が絶えない。東日本大震災後は、地区外の仮設住宅から通う住民や支援者が集う。交流人口が住民に希望をもたらす。
 「ただの壁も巨大なキャンバスになる」。昨年12月下旬、ほぼ完成した浜の防潮堤に、作業着姿の地区副会長青木甚一郎さん(63)ら住民5人が集まった。山で採れる特産の「雄勝石」を、やすりで丁寧に磨く。海と陸を隔てる殺風景な防潮堤を彩る試みだ。
 支援するのは東北大助手の小林徹平さん(28)=仙台市青葉区=ら建築や土木が専門の東北大教員と東京のデザイナーら計7人。「地区の人がやりたいことを具体的な形にするのが役割」と小林さん。防潮堤の石張りは、小林さんらがデザインし、住民が石の運搬、加工を担当する。

 小林さんらは2013年春、住民と団体「ナミイタ・ラボ」を設立した。兵庫県からの義援金を元に、14年5月に完成した地区の波板地域交流センターを拠点に活動する。雄勝石の加工体験ワークショップを開いたり、インターネットで情報発信したり。夏には、東京のメンバーが子どもたちを連れて波板に遊びに来る。地区は季節ごとに「新たな住民」が入れ替わる。
 波板地区は以前から過疎が進み、市内でも人口が少ない浜の一つ。震災時は21世帯約60人だったが、津波で17世帯の家が流された。
 自宅を失った青木さんら地区外の仮設住宅などで暮らす6世帯15人ほどが5月にも、地区の高台に完成する災害公営住宅や自力再建の自宅に戻る予定。だが、40代以下の若者はいない。
 仕事や学校、買い物など生活の利便性を考えると新たな定住者を募るハードルは高い。ただ、雄勝石が採れる山や浜で遊べる海がある。青木さんは「波板にしかないもので訪れた人の記憶に残る町にしたい。休日に遊びに来てくれる『住民』を増やしたい」と熱い。

 センターには石製品の販売スペース、大広間や台所があり、約30人が宿泊できる。会員制で受け入れ、ほぼ毎日誰かがいる。会員は現在県内外に約100人。月平均で延べ約200人が利用するまでになった。
 昼はにぎやかでも、夜一人になると青木さんの胸に不安がよぎる。「自信も資金もない。失敗できない。これが正解なのか」。支えは、見返りもなくがれき撤去などをしてくれたボランティアや支援者の存在だ。
 「何百年といろんな人の思いがあり今の集落がある。俺たちの代で終わらせたくない。ここに住む人、ここが好きだと言ってくれる人を主役に、身の丈に合った地区を存続したい」
 10世帯で迎える地区の再スタートの日はもうすぐ。


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2016年01月22日金曜日

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