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<適少社会>産業創出 問われる学都

東北大青葉山キャンパスから仙台市中心部を望む。理系院生の多くが仙台を去る。研究室と街の距離は見掛け以上に遠い

◎人口減 復興のかたち[4]第1部兆し(4)5%ショック

 1199人中62人。2014年度、東北大大学院の理系修士就職者のうち宮城県内に残ったのは5.2%だった。10年度に8.7%あった県内就職率は東日本大震災後、低下した。産業創出に不可欠な頭脳の流出拡大が、大学の地元、仙台市の将来に不安の影を落とす。
 15年国勢調査で市の人口は過去最多の108万に達した。住宅需要は増し、同年上半期、仙台圏の新築マンション平均価格は4262万円と過去最高に。他の被災地が「一人勝ち」とうらやむ活況が街を包む。
 復興特需はいつか終わる。市は15年度、中小企業活性化条例を施行し、30億円の基金を設立した。将来を見据え、地場産業の育成に力を入れる。しかし、鍵となる理系学生の定着は進まない。
 「新製品開発や技術革新に理系の人材は欠かせない。引き留めたいが、それだけの産業が育っていない」。市政策企画課の品田誠司課長は歯がみする。

 国費が集中投下される震災後は新産業創出の好機だった。市の復興計画は3月に終わる。大型産業の集積は進まなかった。頭脳流出を止められず、産業が育たないまま特需が終わる。そして人口減…。最悪のシナリオがちらつく。
 「神戸」が遠い。同市は阪神大震災の復興需要に陰りが見えた1998年、医療産業都市構想を発表した。313社が進出し、7200人の雇用を生み出す高度医療技術の研究開発拠点を、関西圏の産学官が連携しゼロからつくり上げた。今では人工多能性幹細胞(iPS細胞)の臨床研究などで世界が注目する。
 地域を挙げた産業創造の長期ビジョンが、仙台には見えない。その帰結が「5%」だと、東北大大学院工学研究科の滝沢博胤科長は考える。
 「5%しか残らない現状が好ましいとは思わない。だが、ビジョンのない地域や企業に、国際競争力のある研究開発分野でリーダーになるよう育てた学生を任せられない」

 学都仙台とは、研究室があり、学生が通過するだけの街なのか。昨年12月末、市内で開かれたトークイベントには、そうは思わない学生らが集まった。まちづくりへの参加や社会人との交流が話題になった。仙台を離れた時、どうつながり続けるか意見を交わした。
 企画したのは東北大大学院工学研究科1年の三浦麻衣さん(24)。就職を機に生まれ育った仙台を離れるつもりだ。「今は東京で経験を積みたい。でも戻りやすい街であってほしい」
 仙台市の推計で人口が減少に転じるのは20年ごろ。「5%」が上下どちらに振れるか。「95%」がどれだけ戻るか。大学と社会で培った能力を存分に発揮できる舞台づくりの時間は、残り少ない。


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2016年01月23日土曜日

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