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<3・11と今>焦り 不安 心情率直に

津波被災地にたたずむ田中さん。沿岸部の光景を見て、短歌集発行を決めた=南相馬市原町区
一時帰宅の際、防護服姿で見回りに出かける田中さん=2011年6月、南相馬市小高区

◎思い刻む(4)短歌集 南相馬市

 人生初の「創作ノート」は、手のひらサイズのメモ帳だった。着の身着のままとあって文房具は持ち合わせていない。避難所で配られたものを活用するしかなかった。
 体育館の鉄骨、子どもの様子…。最初は目に入った光景を書き連ねた。それが、いつしか短歌のリズムを刻み始める。詩作が好きだったわけでも、習っていたわけでもない。31字と向き合うことで少しだけ気が紛れた。
 福島県南相馬市小高区の田中英敏さん(69)。東京電力福島第1原発事故の発生で、自宅周辺に立ち入ることができなくなった。直後から避難生活をテーマに短歌をつくり続け、2012年8月に作品集を自費出版した。

 親戚宅を経て、田中さんが最初に身を寄せたのは福島市内にある小学校の体育館だった。当時の様子をこう詠んでいる。

     <気兼ねして何度も通う夜トイレ 眠れぬ他人の枕元行く>

 周囲は知らない人ばかり。新聞にざっと目を通せば、することは昼寝ぐらいしか残っていなかった。丸めた布団に背中を預け、無心で指を折った。
 作品は被災者の様子、焦りや不安といった率直な心情を描いたものばかり。「当初は誰かに見せるなんて思いもしませんでした」。考えが変わったのは11年4月、南相馬市の沿岸部を訪れたのがきっかけだった。
 荒涼とした津波被災地で1匹だけのこいのぼりを見つけた。粗末な木材がポール代わり。「祖父母が孫をしのんでいるんだ」。そう直感した。
 「被災者の悲しみが痛いほど伝わってきた。そのとき、私も自分史として今の感情をまとめようと思ったんです」
 短歌集のタイトルは「あの日から無にして空(くう)の日々」。避難中に感じたむなしさを込めた。100点を収録し、状況説明を加筆するなどした上で200部を印刷した。
 福島市内を転々とし、11年秋になって妻、実母と南相馬市原町区の借り上げ住宅に腰を落ち着けた。短歌は続けているものの、創作ペースはがくんと落ちた。「それ自体、日常を取り戻した証しだと考えています」
 小高区の自宅は昨年解体した。既に建て直しが決まるなど、帰還準備は着々と整いつつある。

 昨年暮れ、田中さんは恒例の門松作りに取り組んだ。作業中の気持ちをこう表現している。

     <門松に南天一枝挿し増して 避難解除の年迎え居り>

 南相馬市は、小高区などの避難区域について今春の解除を目標に据えている。自宅建築が順調に進めば、来年の正月は新居で迎えるつもりだ。
 「難を転じるのがナンテン。本当に良い1年になってほしいなあ」。震災から5度目の正月。いつもよりちょっぴり多めの赤い実が、仮暮らしの門前を彩っていた。(斎藤秀之)


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2016年01月27日水曜日

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