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<3.11と今>再起の象徴 伝統守る

新工場に展示中の酒だるにまなざしを注ぐ(右から)村上さん、金野社長、金野泰明さん。再生を期すそれぞれの心の支えとなっている=大船渡市
全壊した仕込み蔵の屋根に刺さった鉄柱に引っ掛かっていた酒だる=2011年3月下旬、陸前高田市

◎思い刻む(5完)酒だる 陸前高田市、大船渡市

 東日本大震災で被災した酔仙酒造(岩手県陸前高田市)。「NO.1」と油性ペンで書かれた小さな札が、酒だるの表面のこもを縛る縄にくくり付けてある。
 津波に遭いぐしゃぐしゃに壊れた仕込み蔵の屋根の先端で、酒だるは見つかった。同社の従業員村上雄樹さん(39)が振り返る。「これを見た瞬間、『一から事業を再開しろ』と語り掛けられた気がした」
 社屋や仕込み蔵など全ての建物が大破した。酒だるは、3階建てだった仕込み蔵のてっぺんに刺さった鉄柱に引っ掛かっていた。
 被災で事業休止を余儀なくされた。まずは一関市で業務を再開。2012年8月に岩手県大船渡市内に新工場を完成させ、復活に向けて本格的に再出発した。

 酒だるは11年6月、自衛隊によるがれき撤去作業に伴い回収され、同社に引き渡された。現在は新工場の会議室に展示され、写真パネルなどとともに震災を今に伝える。
 直径と高さはそれぞれ約60センチ。被災前は祝いの席に花を添える貸し出し用の飾りとして使われていた。
 「こもだる」とも呼ばれ、たるを形作る発泡スチロールにこもを巻いている。こうした構造のためか、津波にのまれても浮力が働き浮き上がったようだ。
 「でも、どうしてNO.1だけ残ったのか」。飾り用のたるは全部で17個あり、通し番号の札を付けていた。村上さんら従業員の多くが、震災をくぐり抜けた「NO.1」が問い掛ける意味を自問自答する。
 14年7月に社長に就任した金野連(つらね)さん(55)は気持ちを引き締める。「再出発できた原点を忘れてはいけない。そのために残された気がする」
 従業員7人が避難中に津波で命を落とした。被災前の同社の防災計画では、災害時は敷地内で採取できる地下水を被災者へ供給する役割を担うはずだった。海岸線から約2キロ離れた社屋や蔵が全壊することは、全くの想定外だった。
 震災が突き付けた困難に向き合い事業再開にこぎつけられたのは、多くの人の協力があったから。「たるを見るたび、頂いた支援の数々を思う」。金野さんの言葉に力がこもる。

 蔵人にとっても、唯一残ったたるは特別な存在だ。
 「何もかも失われた中、震災の前と後をかろうじてつないでくれる存在」
 蔵人の一人、金野泰明さん(39)はこの酒だるに、震災前から守り抜いてきた酒造りの伝統への思いを重ね合わせる。被災直前に完成させた最高級の大吟醸の再現を目指している。
 「3.11をわれわれは乗り越えてきた。たるを見れば、どんな困難も乗り越えられると肌で感じる」と村上さんは言う。これから入社してくる後輩たちの心の支えにもなると確信する。
 震災から間もなく5年。酒だるは再起の象徴として復興への道に希望の灯をともし続ける。(武田俊郎)


2016年01月28日木曜日


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