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<飯舘村比曽から問う>居久根も生活の場

環境省の実証事業が行われた住民宅の現場の居久根に立つ菅野さん=昨年12月下旬、福島県飯舘村比曽

 東京電力福島第1原発事故後の全住民避難が続く福島県飯舘村の比曽地区は厳冬のさなかだ。同県の原発事故被災地の避難指示を2017年3月までに解除する−と政府が決めた期限まであと1年余りだが、復興を阻む課題は山積する。除染後も下がらぬ放射線量、住民の離散、居座る除染廃土。昨年8月の連載「飯舘村・比曽から問う」のその後の現状を、帰還を志す農家の模索を通して報告する。(編集委員・寺島英弥)

◎帰還への道なお遠く(1)希望生む除染を

<極端に違う線量>
 「これが環境省が行った『実証事業』だ」。昨年12月下旬、飯舘村比曽の農業菅野義人さん(63)は、現場の家の裏にある杉の屋敷林「居久根(いぐね)」を見せてくれた。居久根は家の端から続く高さ5メートルほどの急な斜面の上にある。その斜面の表土が人力の工事で剥がされ、土砂の流出防止の土留めが施されていた。
 実証事業とは試験除染のこと。比曽の自治組織の行政区が繰り返し要望していた。86戸ある比曽では、同省による家屋除染が昨年春に終わった。が、行政区が独自に全戸の検証測定を行ったところ、多くの家で裏手の放射線量が高かった。
 要望活動の末、実証事業が行われたのは3戸。除染後の検証測定では、家の前と裏の放射線量がそれぞれ0.7マイクロシーベルト(毎時)と3.1マイクロシーベルト、0.6マイクロシーベルトと4.7マイクロシーベルト、1.1マイクロシーベルトと7.4マイクロシーベルトと極端に違った。
 「居久根から飛んでくる放射線の影響は明らかだ」と菅野さん。居久根は家の財産だが、2011年3月の原発事故で拡散した放射性物質が木々に付着した。
<堆積物のみ除去>
 環境省の除染方法は、家屋の周囲の汚染土を5センチの厚さで剥ぎ取って放射線量を下げるが、居久根では落ち葉など堆積物を除去するのみだ。「霞が関の人々には無用の山林にしか見えない」と菅野さんは憤る。
 菅野さん宅の裏の居久根には氏神の古い社がある。「家族が普段お参りする場所だ」と同省の現地事務所に訴え、一昨年秋、社の周囲の土の剥ぎ取りが行われた。除染前に7.9マイクロシーベルトあった線量は、堆積物除去では2割減だったのに、剥ぎ取り後は7割減となった。
 「農家は家にこもって暮らせない。居久根は古来生活圏であり、家の周囲が等しく安全な環境に戻らなければ、人も帰れない。土の剥ぎ取りは必須の条件だ」
 福島県が昨年3月にまとめた森林のモニタリング調査によると、森林に降った放射性物質の75%が、この5年近くの間に枝葉から土壌(深さ5センチ内)に移行した。表面の堆積物除去で足りないのは自明だった。
<「要望から遠い」>
 「除染後も高い線量が残る場所でフォローアップ(追加)除染を行う」。環境省は昨年12月、比曽のほか福島県の原発事故被災地で行った同様の実証事業を踏まえ、方針を公表した。
 従来は「土砂崩れにつながる」との見解だった、居久根など斜面の一部でも例外的に表土剥ぎ取りを行う。「(政府が打ち出した17年3月までの)避難指示解除を助けるため」(同省除染チーム)と転換した。
 だが、菅野さんは「比曽での実証事業は家との境の狭い範囲に限られている。居久根そのものを生活圏と認めてほしい、というわれわれの要望からは遠い」と言う。
 比曽は村唯一の帰還困難区域の長泥地区に隣接し、「村内でも高線量地区」であると帰還に難色を示す住民は多い。「全戸が納得できる、帰還に希望を持てるような除染を」と訴える。

[メモ]フォローアップ除染を行う判断基準として環境省は、避難指示解除要件の年間20ミリシーベルトを上回る場合を挙げる。毎時換算は2.28マイクロシーベルトだが、同省が準拠するのは政府指針である毎時3.8マイクロシーベルト。屋外に8時間、屋内に16時間という生活パターンを基にした独自の計算だ。文部科学省も11年、福島県の学校の校庭使用の基準として通知し、平常時の基準1ミリシーベルト(毎時0.23マイクロシーベルト)と比べ「あまりにも高線量だ」と批判を浴びた。被災地住民への説明はまだない。


2016年02月04日木曜日

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