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<いのちの伝言>感謝、代わりに届ける

震災の教訓を伝える紙芝居を演じる小野さん=名取市市民活動支援センター
昨年の成人式の日に撮影した愛さん。亡くなる2カ月前だった

 日台友好の懸け橋になる夢を追った娘は昨年3月、留学先の台湾で不慮の事故で亡くなった。名取市閖上地区に住む小学校教諭小野幸三さん(56)は娘の一周忌を迎える来月、台湾へ行く。発生から丸5年となる東日本大震災の教訓とともに、失われた命の意味を問い掛ける。(岩沼支局・成田浩二)

◎娘が愛した台湾へ(上)絶たれた夢

●教訓を紙芝居に
 1月末、宮城県名取市市民活動支援センターの一室。小野さんは防災教育に取り組む仲間の前で紙芝居を演じてみせた。演目は、津波で父親を失った女の子を描いた絵本作品「マンホールのステージ」。何度も練習するが、「なかなか上達しなくて」と頭をかく。
 小野さんは来月6日、台湾新北市・淡水で開かれる交流行事「日台・心の絆 謝謝(ありがとう)台湾」に参加する。震災後に日本に寄せられた多くの被災地支援に感謝を示すため、台湾で学ぶ日本の留学生が2012年から毎年開いているイベント。会場で紙芝居を演じ、震災の教訓を伝える。
 1枚の写真を持っていく。昨年1月、一時帰国して成人式に出席した時の長女愛さん=当時(20)=。2カ月後の同3月6日、命を落とした。「娘は謝謝台湾の実行委員を務めていた。今回は私が代わりに被災地の思いを届けます」

●アパートで事故
 愛さんは名取市閖上小、中、仙台二華高を卒業し、13年9月に台湾政治大に進学した。台湾の映画やドラマが大好きで、中国語を猛勉強して難関大学の扉を開いた。将来は台湾文化を発信するメディア関係への就職を目指していた。
 同じ大学の先輩女性とルームシェアしていた台北市内のアパートで事故は起きた。部屋の所有者で日本に住む先輩の母親が「娘と連絡がつかない」と現地の親戚に連絡。親戚が訪ねると、先輩はバスタブで意識を失っていた。一酸化炭素中毒だった。
 通報を受けた消防隊員が先輩を病院に緊急搬送。しかし、別の部屋で倒れていた愛さんはそのまま取り残された。親戚も消防も先輩が一人住まいと思い込み、存在に気付かなかった。
 愛さんが見つかったのはその翌日。日本から駆け付けた先輩の母親が発見した。既に息はなかった。
 集中治療室(ICU)に入った先輩はその後、一命を取り留めた。愛さんも一緒に搬送されていれば助かった可能性が高い。
 一酸化炭素中毒の原因は湯沸かし器だった。部屋の構造に欠陥があり、室外機の排気が充満していた。アパート管理、事故後の連絡の不徹底、消防の対応…。さまざまな理由が重なって愛さんは亡くなった。

●悲劇繰り返さぬ
 「訴える用意はあるか」。娘の訃報を受けて台北市に入った小野さんは警察の事情聴取を受け、最後にそう尋ねられた。
 静かに、首を振った。愛さんは台湾の被災地支援に心から感謝していた。台湾を愛し、友好関係を深めようと努力していた。
 「誰も望まない事故だった。誰かを責めても娘は帰らない。二度と同じ悲劇を繰り返さないためにやれることをやろう」。自問自答の末、心に誓った。


2016年02月13日土曜日


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