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<大川小と門脇小>悲しみの母校と向き合う

大川小の公聴会で校舎の保存を求める永沼さん
門脇小校舎の公聴会で意見を述べる阿部さん

 東日本大震災で被災した宮城県石巻市の大川、門脇両小校舎の遺構保存をめぐり、市民を対象とした公聴会が13日、同市内であった。遺族や地元住民ら男女計21人が持論を展開。「震災の教訓を後世に伝えるため必要」「見るたびにつらくなる」などと複雑な感情が交錯した。

◎大川小 永沼悠斗さん(21)「風化させたくない」

 多くの大切なものを失った震災から5年近くがたち、やっと一歩前へ進めた。
 大学3年永沼悠斗さん(21)は大川小の公聴会に臨み、約70人を前に母校の保存を訴えた。「大川小を見て防災意識を高め、多くの命が救えるなら残した方がいい」
 2011年3月11日。石巻市長面地区にあった自宅は津波で流され、大川小2年だった弟=当時(8)=を亡くした。永沼さんはしばらく、思い出が詰まった大川小を見ることも、足を運ぶこともできなかった。
 小学校卒業後に通った旧大川中が震災の影響で13年3月に閉校となり、校舎は解体。愛着ある学びやが姿を消し、寂しさと悔しさが募った。
 「震災を経験した者にとって風化させず、警鐘を鳴らし続けることは使命。せめて大川小だけでも残したい」。公聴会開催を知り、公の場で意見を述べる決意をした。
 会場で解体を求める遺族らの切実な声にも耳を傾けた。「遺族のつらさはよく分かる。保存、解体どちらの意見も大事。どちらかが多いから良いというわけでもない」
 亀山紘市長は本年度内に保存の可否を判断する見通しだが、永沼さんは時期尚早と考える。「もっと話し合いの場を設け、広く、深く意見を聞いてから結論を出してほしい」と切望する。

◎門脇小 阿部桃花さん(17)「世代超え残したい」

 母校の遺構保存をめぐる議論を聞き、震災時の在校児童として意見を言いたいと思いマイクを握った。
 「門脇小を残してほしい」。石巻高2年の阿部桃花さん(17)は静かに話しだした。当時は6年生。地震の後、教師の引率で背後の日和山に登り、難を逃れた。
 同校は、学校にいた児童約270人が日和山に避難して無事だった。訓練で地震が来たら高台に逃げろと教えられていたという。
 自宅は被災を免れたが、津波やがれきに引火して炎が迫った。門脇、南浜両地区では400人以上が死亡・行方不明。友人の多くは家や家族を失った。
 阿部さんは「悲惨な姿になった校舎は震災を伝えるシンボル。何世代も先に伝えていきたい」と訴えた。
 校舎近くに住む宮城水産高教諭平居高志さん(53)は解体を主張し、防災教育の在り方に疑問を呈した。「過去の災害が伝えられていなかったと言うが、実際はたくさんあった。ただ、私たちに歴史に学ぶ姿勢がなかっただけ」と断じる。
 それでは多大な費用を掛けて校舎を残しても、防災につながらない。平居さんは「校舎の保存よりも、過去に学ぶ心を教育していくことにエネルギーを費やすべきだ」と呼び掛けた。


2016年02月14日日曜日

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