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<ベルフィーユ>父の遺志実現へ走る

試合前の練習ではボールの準備などを手伝う。自身も中学2年から大学までバレーに打ち込んだ
ユニホームや試合の様子を示しながら、スポンサーでもある広告代理店の担当者と話し合う米田社長(左端)

◎それぞれの戦い/米田隼人運営会社社長(39)

 仙台市の広告代理店でユニホーム広告の打ち合わせ中、バレー観戦の話になると、自然と笑みがこぼれた。スポンサー企業を回る傍らチームの部長として遠征にも同行し、時間があれば練習に顔を出す日々だ。
 父は仙台初代監督の故一典さん(元全日本女子監督)。2008年に東京の証券会社を辞め、一典さんが率いていた仙台の前身、四国Eighty8(エイティエイツ)の運営を担当。11年7月の活動拠点の移転に伴い、父と宮城にやって来た。
 しかし、その直後、12月のリーグ戦開幕へ意気込んでいた一典さんが病に倒れた。スポンサー集めに奔走し、病院や遠征先を行き来するうちに心身とも疲れ切り、「おやじが亡くなったら辞めようと思った」。
 そんな中、あるスポンサー企業の社長に「(運営を)続けるなら、ずっと応援する」と言われ、気付いた。「おやじや自分のためだけのチームじゃない」と。
 一典さんが理想としたのは、地域密着と永続性のある運営。ホームゲームの少なさ(今季は21試合中6試合)などから新規スポンサーが付きにくく、資金面は厳しいが、父の遺志を実現させるには「全国区のプレミアリーグに上がることがスタートライン」と考える。
 「選手たちが一生懸命プレーする姿を見れば、面白いと感じてもらえるはず。より多くの人に応援してもらえるよう、練習試合や普段の練習を見てもらう機会も増やしたい」と話す。

[よねだ・はやと]76年7月19日生まれ。東京都小平市出身。強豪の東亜学園高(東京)や法大のバレーボール部でプレー後、東京の証券会社などに勤務。四国Eighty8の運営に携わり、現在は仙台の運営会社「トゥエルヴ」社長とチームの部長を兼ねる。


2016年02月17日水曜日


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