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<避難区域>富岡町の災害対策本部を撤去ヘ

撤去される災害対策本部。幹部が詰めたテーブルには当時のまま書類が散乱している=2015年6月、福島県富岡町
5年近く災害対策本部が残っていた「学びの森」=1月、福島県富岡町

 福島県富岡町は、東京電力福島第1原発事故の避難区域に残る災害対策本部を22日から撤去する。建物が復旧工事に入るためで、3日かけて室内を片付ける。メモなどの文書や物品は地震、津波と原発事故の複合災害を記録する重要資料として全て保存。今後、災害対応を検証し、経験と教訓を広く伝える考えだ。

 対策本部は町文化交流センター「学びの森」の2階会議室にある。全町避難により2011年3月12日夕放置された。避難者数や職員配置表、バスの手配状況を走り書きしたメモ、防護マスクなどがそのまま残る。
 「学びの森」はホールや図書館を備え、帰還後の拠点と位置付ける。再開には雨漏りやカビで傷んだ建物全体の修復が必要で、夏にも工事に着手する。一方、対策本部内の文書も劣化が進んでいる。蛍光ペンの線は色あせ、地震と津波被害を記したホワイトボードの文字は一部がはく落している。
 保存を担う「町歴史・文化等保存プロジェクトチーム」の三瓶秀文主任学芸員は「現場の資料から伝わるものは大きいが、内容を分析できないまま劣化させてはならない」と説明する。
 撤去作業では、重なり合うメモやファクス紙を1枚ずつ分類した上で残す。町内の学校と福島県立博物館で保管し、企画展などで公開を計画する。室内を再現できるよう昨年6月から先行して物品全体の位置を測量。3D映像にも記録している。
 町が「学びの森」に対策本部を設けたのは、隣接する役場本庁舎の非常用電源が使用不能となったためだ。原発直通のホットライン電話は本庁舎にあり、正確な情報把握に手間取った。
 三瓶学芸員は「町が災害にどう対応したのか分かる重要な資料。今後の防災に役立てるため、全ての有益な情報を後世に引き継ぐ必要がある」と強調する。


2016年02月18日木曜日


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