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<検証地域医療>患者情報 福祉と共有

病院スタッフと福祉担当者が患者の情報共有を目的に開いている会議=宮城県南三陸町の南三陸病院

 東日本大震災で被災した宮城県南三陸町の公立志津川病院は昨年12月、南三陸病院として再開した。岩手、宮城両県で被災した公立病院で、最も早く移転先で再スタートを切った。福祉を担う総合ケアセンター南三陸を併設し、小さな町だからこそできる南三陸型の地域医療の確立を目指す。
 「食事ができるようになったので家に戻れそうです」「介護する家族が疲れているようだ。短期的に入院する可能性もあります」
 毎週水曜に開かれる会議では患者の様子が細かく報告される。医師、病棟や外来などの担当看護師、医事担当者ら病院職員のほか、町から保健師やケアマネージャーも入る。
 検討する対象者は、入院患者だけでなく、外来、訪問診療、訪問看護、透析の患者や特別養護老人ホームの利用者にも及ぶ。在宅に移行する場合も、どんな介護サービスが提供できるかなど適切なケアを探る。
 震災時、5階建ての志津川病院は4階まで浸水し、患者や看護師ら74人が死亡、行方不明になった。町の中核となる新病院の再建は地域の念願だった。
 新病院の医師は派遣を含め7人。診療科は内科、外科、小児科など10科。震災前は民間医院が担った人工透析治療も始めた。病床は90床で震災前から36床減ったものの、療養病床50床は維持。高齢化を見据えた地域包括ケアを実現するため、総合ケアセンターと一体で再建した。
 週に1度の会議は震災前から開いていた。震災後、入院施設を登米市米山に移し、2医院体制となった間もテレビ会議で情報共有を続けた。施設が一体となり、病院とケアセンターの職員が日常的に話し合いができるようになった。ほかにも月に1度、医療、福祉関係団体が集まり、町全体が抱える課題を出し合う。
 星愛子看護部長は「長い時間をかけて医療、福祉の関係者と患者との間で顔が見える関係を築いてきた。誰もが安心できるケアを目指す」と前を向く。(古賀佑美)


2016年02月22日月曜日

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