宮城のニュース

<アーカイブ大震災>不安・恐怖 耐える幼心

浜市小の児童に声を掛けて回る岐阜県のスクールカウンセラーの神谷さん=6月30日、東松島市の小野小

 不安、恐怖、怒り、喪失感―。東日本大震災は、被災した多くの子どもの心に傷を残した。日常を取り戻しつつある学校現場で、子どもの心のケアは重要性を増している。東松島市はスクールカウンセラーの巡回など、多方面からのサポートに力を入れている。

◎学校で何が(3)スクールカウンセリング(東松島)

 宮城県東松島市の川下公民館で避難生活を送る野蒜小5年の京野瑞樹君(10)は活発な野球少年。お気に入りの野球帽をかぶり、練習に打ち込む。
 3月11日は、学校からの帰り道で巨大地震に襲われ、恐怖で動けなくなった。通行人に助けられ、父親の文彦さん(37)らと一緒に野蒜小の屋上に避難し、助かった。津波は学校の校舎を破壊し、仲良しのクラスメート2人の命を奪った。
 「友達が亡くなってさみしい。地震が来ると、あの時みたいに胸がどきどきする」と瑞樹君。文彦さんは「普段は口に出さなくても、心の中には(恐怖が)あるかもしれない」と思いやる。
 大曲地区センターに避難する主婦千葉理恵さん(30)は、大曲小3年の次女(8)が余震の時に示す反応が気掛かり。「顔色が変わり、パニックのような感じ。いざという時、冷静に逃げられるかどうか心配」と話す。

 1000人を超える犠牲者を出した同市で、小中学校の児童、生徒の死者、行方不明者は計32人、両親の一方か両方を亡くした子どもは36人を数える(5月6日現在)。避難所生活が長引く中、学区外からのスクールバス通学者は約500人に上る。
 地震で受けたショックや慢性化する震災ストレスとどう向き合うか。東松島市は、宮城県教委を通じ、岐阜、徳島両県のスクールカウンセラーの派遣を受けている。
 岐阜県の心理士神谷文子さん(36)は、鳴瀬一中に間借りする鳴瀬二中に派遣された。隣接する小野小に入る浜市小も巡回する。両校とも津波で校舎が使えなくなった。
 5月中旬、初めて学校を訪れた神谷さんは子どもの異変に気付いた。
 「おなかが痛い」「頭痛がする」という訴えを耳にする中で、首や肩を触ってみると、パンパンに張っていた。ささいな事でいら立つ様子も気になった。リラックスするための呼吸や体操の時間をつくった。
 「環境が変わり、日ごろ感じないストレスで神経が過敏になっている。心身の緊張を緩める時間の確保が必要だ」と神谷さんは強調する。

 子どもの心のケアは、震災前から子どもと親しい人々が、日常生活の中で話に耳を傾けたり、リラックスさせたりするのが最も効果的とされる。
 徳島県から矢本一中に派遣されている心理士の森世歩さん(29)は「子どもは事情を抱えながら精いっぱい頑張っている状態。周囲の大人たちの安定が欠かせない」と、保護者と教員の役割の重要性を指摘する。
 市は4月下旬、東大医学部の専門チームと連携し、小中学校全ての児童、生徒約3600人に対し、震災後の心理状況について調査を実施した。心的外傷後ストレス障害(PTSD)が疑われる児童・生徒らの心のケアを行う。
 心理士でつくるケア・宮城と公益財団法人「プラン・ジャパン」(東京都)が6月28日、大曲小で教員を対象に心のケア研修会を開いた。「子どもに希望を持たせたいが、簡単に『乗り越えよう』などと言っていいのだろうか」。教師らにとってスキルを学ぶとともに、互いに抱える悩みを吐露する場になった。
 講師を務めた東北大教育ネットワークセンター長の本郷一夫教授(教育学)は「災害直後の心身のストレスは、誰にでも起こる正常な反応。子どもの拙い言葉を受け止め安心感を与えてほしい」と強調。「長い時間がかかる。先生が心と体の健康を保つことも大切だ」と助言した。(浅井哲朗)=2011年7月6日河北新報
          ◆         ◆         ◆
 2011年3月11日の東日本大震災発生以来、河北新報社は、被災地東北の新聞社として多くの記事を伝えてきた。
 とりわけ震災が起きた年は、記者は混乱が続く中で情報をかき集め、災害の実相を明らかにするとともに、被害や避難対応などの検証を重ねた。
 中には、全容把握が難しかったり、対応の是非を考えあぐねたりしたテーマにもぶつかった。
 5年の節目に際し、一連の記事をあえて当時のままの形でまとめた。記事を読み返し、あの日に思いを致すことは、復興の歩みを促し、いまとこれからを生きる大きな助けとなるだろう。


2016年02月22日月曜日

先頭に戻る