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<仙台いやすこ歩き>(29)仙臺まころん/昭和が薫る手作業の味

 カンカンカンカン…。夕暮れの踏切には、どこか懐かしさがある。昭和の風景とでもいおうか。仙台市青葉区小田原。JR東北線と仙山線の踏切を渡ったところに、いやすこ2人が行ってみたかった「仙臺まころん本舗 伊藤食品工業所」が見えてきた。
 「うわー、木の板塀」と驚きながら、画伯の目はうれしそうに和む。奥にはそう高くない煙突を持った工場があり、道路に面してお店がある。ガラガラと戸を開けると、ガラスケースに、籠盛りに、とたくさんの仙臺まころんが並び、社長の伊藤幸明さん(62)が迎えてくれた。

 「大正の終わりごろ、祖父が菓子種を作り始めたというから、かれこれ90年はたつでしょう」という伊藤さんは3代目。和菓子の材料を作って、それを菓子屋さんに納めていたそうだ。
 仙臺まころんの誕生は昭和の初めごろ。いろいろ試行錯誤があったという。

 「戦前、近くに森永製菓の工場があり、まころんを作っていたらしい。そこで働いていた菓子職人さんに教えてもらったようです」。まころんの原型であるイタリア生まれのマカロンは、西洋が薫る憧れの菓子として、全国各地で戦前から製造販売されていたらしい。

 見た目には至ってシンプル。材料だって本当にシンプル。ところがシンプルこそ難しいというのは、お菓子も同じだ。
 伊藤さんが工場に案内してくれた。本日の操業を終えた工場は清潔感がみなぎり、何十年と時間を重ねた機械たちもきれいに磨き上げられて、静かな中に誇り高ささえ感じてしまう。
 大きな麻袋には生の落花生が山盛り。思わず「一つ食べさせてもらえませんか」と、いやすこ根性でおねだりすると、伊藤さんは「生を食べたいと言われることはないなあ」と笑いながら承諾してくれた。
 口に含んだ生の落花生は、いつもの落花生とは違う。植物の味がする。これを煎(い)ると、あの香ばしさと油分が出るというから不思議だ。表皮を取り除き、粉にするのだが、製粉にも粗びき、中びき、細びきと3工程があるという丁寧さ。これに地鶏の卵、砂糖、重曹を加えて練って生地にし、丸めてオーブンの熱風で焼く。
 その工程のほとんどが手作業。人の手や五感を大切にした伝統の技で作られる。伊藤さんと社員2人が朝7時半から夕方4時まで丹精こめて作るまころんの数は、3万5000個ほどだろうか。

 包装や販売を受け持つのは、妻の取締役・伊藤順子さんをはじめとした女性6人。女性の視点を生かして小包装にしたり、お客さまの声に応えてゴマを入れたりと、商品のバリエーションも広がってきたそうだ。
 「この店は昔、町のお菓子屋だったんです。このガラスケースも当時の物を生かしているんですよ」と、にこやかに話す順子さん。ほんと、あの懐かしいガラス、やっぱり昭和だ。
 夕闇迫る中を帰路に就く。久しぶりの仙臺まころんに新たな発見。「うわっ、コーヒーに合う!」。いやすこ2人の第一声がそれだ。この香ばしさ、このほろり感、癖になりそうだ。

◎おぼえがき/西洋菓子 日本で独自発展

 まころんは、西洋菓子のマカロンを原型に、日本で独自に発展した菓子である。
 マカロンは、古くは791年にイタリアの修道院で作られていたという記録がある。16世紀、イタリアからフランスのアンリ2世に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスによりフランスに伝わったとされる。
 フランスでは地方ごとに特色を持つようになり、ロレーヌ地方の「ナンシーのマカロン」、ボルドー地方の「サンテミリオンのマカロン」などが生まれた。カラフルなマカロンは、パリ生まれの「マカロン・パリジェン」。それぞれ形は違っても、材料は卵白、アーモンドパウダー、砂糖だ。
 日本には戦前に伝来したといわれるが、アーモンドが入手できなかったため、落花生を使った。サクサクした食感や形は、マカロンの原型とされるイタリアのアマレッティに近いといわれる。
 日本国内では仙台のほかに名古屋市でも、まころんを郷土の銘菓としている。

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 土地には、その土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター(愛称「みい」)とイラストレーター(愛称「画伯」)が、仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。

(文・みうらうみ 絵・本郷けい子)


2016年02月22日月曜日

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