宮城のニュース
  • 記事を印刷

捕鯨の町「鮎川」明治の姿 NY博物館で発見

鮎川浜で捕獲した鯨と写真に収まる解体作業員ら=1910年7月

 宮城県石巻市鮎川地区に捕鯨産業が進出して間もない1910(明治43)年に地区を撮影した写真が、米ニューヨークのアメリカ自然史博物館に保管されていることが分かった。明治期の捕鯨産業や日常を写した貴重な資料という。調査した研究者らは今夏、鮎川での展示会を計画している。
 撮影したのは映画「インディ・ジョーンズ」のモデルとされる米国人探検家ロイ・チャップマン・アンドリュース(1884〜1960年)。モンゴル・ゴビ砂漠で恐竜の卵の化石を発見するなど、20世紀を代表する探検家として知られる。
 アンドリュースは鯨類研究にも取り組み、1909〜10年に日本の捕鯨基地を調査。鮎川には10年5月から3カ月ほど滞在した。
 アンドリュースの鯨類調査を研究する東京農大オホーツクキャンパス(北海道網走市)の宇仁義和嘱託准教授らが2011〜13年、自然史博物館で特別な許可を得て調査。国内で撮影された約730点のうち、36点を鮎川と特定した。
 鮎川に最初の捕鯨会社が立地したのは1906年。その4年後の写真となる。捕鯨の事業所や作業員、ノルウェー人砲手らの姿、水揚げされたシロナガスクジラなどを活写。湾内に多くの捕鯨船が停泊する光景もあり、捕鯨産業が急速に集積したことを裏付ける。
 宇仁准教授は「宝の山を見つけたと思った。近代捕鯨の初期を記録した貴重な資料だ」と話す。明治末期には写真が普及していたが、産業や日常の暮らしを切り取った写真は少ないという。
 アンドリュースの日誌や手紙も数多く残されている。鮎川での生活を「米と魚と鯨肉で気がめいる。いまは何も食べたくない」と手紙につづった。
 写真は、鮎川地区で文化財保護に取り組む東北学院大などと協力し、地元で展示される予定。宇仁准教授は「貴重な古里の写真を多くの人たちに見てもらいたい」と語った。


関連ページ: 宮城 社会

2016年02月22日月曜日

  • 記事を印刷

先頭に戻る