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<災害対策本部>混乱極めた原発の状況把握

本来、対策本部を置くべき本庁舎は非常用電源が機能しなかった=2015年6月

 電話やファクス、テレビ会議システムもない災害対策本部−。福島県富岡町が「学びの森」で指揮を執らざるを得なかったのは、本来、本部を置くべき役場本庁舎の非常用電源が機能しなかったからだ。備品や資料は、通信の中枢機能が集まる本庁舎から移ったことで、原発の状況把握が困難を極めた様子を今に伝える。
 第1、第2原発と町を結ぶ緊急用ホットラインとファクスは、原発を所管する本庁舎の生活環境課内にあった。回線が不安定ながらもファクスは断続的に届き、幹部らが付きっきりで情報収集に努めた。
 職員は投光器と懐中電灯の明かりでメモを何とか取り、その都度200メートル離れた「学びの森」まで伝達に走った。暗闇の上、大量のファクスは床に散乱し、情報把握に混乱。ホットラインでの情報は専門用語が交じり、安全なのか危険なのか職員は判断に苦しんだ。
 非常電源がダウンしたことで、本庁舎に配備していたテレビ会議システムも使えなかった。そもそも中継を結ぶ原子力災害拠点のオフサイトセンター(福島県大熊町)自体が機能しなかった。
 当時の総務課長補佐で、生活環境課内などで対応した菅野利行さん(58)は「電源を失った影響は大きい。暗闇で取ったメモが正確に伝わったかどうかも分からない。庁舎の非常電源が機能していれば、もっと冷静な対応ができていたかもしれない」と振り返った。
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 福島県富岡町は22日、東京電力福島第1原発事故の避難区域に残っていた災害対策本部跡の撤去に着手した。全町避難に伴い1日で放置され、5年近くそのままになっていた。当時の状況を伝える文書やホワイトボードなどの資料は震災遺産として保存し、災害の教訓を発信していく。


2016年02月23日火曜日

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