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<その先へ>育苗続けイチゴ復活

今月から収穫を始めた大和田さん。販路も生まれつつある=南相馬市原町区太田

◎農業 大和田祥旦さん=南相馬市原町区

 南相馬市原町区の農業大和田祥旦(よしあき)さん(32)が今月、イチゴの収穫を始めた。東京電力福島第1原発事故でいったん断念した栽培を復活。風評もあって販路が途切れながらも、苗作りを絶やさずに待ち続け、ついに地元の店から声を掛けられた。「避難中に助けてくれた人たちに、まず届けたかった」と感謝を込めて作業に当たる。
 原町区太田地区の田園地帯に立つ15アールのハウス内。見渡す限りの緑に白い花が咲き、「とちおとめ」の実が赤く色づく。収穫を始めたのは今月1日。朝から昼まで、花粉を運ぶミツバチと過ごす毎日が戻った。

 「イチゴを選んだのは、味が大好きで、生食でじかに消費者とつながれるから」。農家の後継者として滋賀県内の園芸専門学校で学び、静岡、栃木両県内でイチゴ作りを研修。2007年に実家で就農した。
 11年3月11日は栽培5年目。「初めて順調に行き、市内のあるスーパーが商品棚の8割方も仕入れてくれた。贈答用の箱も新調し、足場を固めて販売を広げようとしたころだった」
 自宅は浜から遠く、大地震と津波の被害は免れた。だが翌12日、二十数キロ南にある第1原発で水素爆発が起きた。「ボン」という爆発音を聞き、家族と車で会津地方へ自主避難した。
 その後、新潟市内で空き家を借り、農家の手伝いで収入をつないだ。帰郷したのは12年秋だった。
 「原発事故後、販路は途切れたが、イチゴを諦めたくなかった」。父親が先に再開したキュウリ作りを手伝う間、イチゴの親苗を買い、約200本に増やして冬越しをさせ、更新させながら復活の日を待った。

 「ぼちぼち地元産を取引できる状況になってきた」と、得意先だったスーパーから連絡をもらったのが1年前だ。希望を託して育てた新苗を昨年11月、ハウスの土に定植した。
 今月15日、待望の出荷開始を迎えた。量は少ないが「シーズン終盤の5月に1日60箱は出したい」と目標を掲げる。やはり得意先だったケーキ店も「地元のイチゴが欲しかった」と仕入れを再開。友人がなじみのバーからは「南相馬の旬の味を生かしたカクテルの材料に」と注文が寄せられた。
 「農協の直売場にも出している。ほそぼそとだが、販路が生まれつつある」と大和田さん。「でも、まず食べてほしかったのは、会津や新潟をはじめ各地にいる専門学校の仲間たち。苦しかった避難中に助けてくれ、支援してくれた」。最初に実ったイチゴの送り先は約30カ所にもなった。(寺島英弥)


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2016年02月28日日曜日

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