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<平沢亀一郎>台湾稲作への貢献顕彰し記念館

平沢亀一郎氏
館内に展示された平沢氏を紹介するパネル。「恩重如山」(恩の重さは山のごとし)と刻まれている
完成した記念館「竹子湖蓬莱米原種田故事館」と、設置に当たった台湾の関係者ら

 日本統治時代の台湾で、稲作発展の礎を築いた仙台市出身の若き農業技術者がいた。かつて台湾総督府に勤務し、宮城県海外協会(現県国際化協会)の常務理事を歴任した平沢亀一郎氏(1890〜1986年)らの功績を顕彰する記念館が、現地に開設された。3月の記念行事に仙台在住の子孫が赴き、コメが結ぶ日台の縁をあらためて紡ぐ。
 平沢氏は東北帝国大学農学科を卒業後、1918年台湾総督府に就職。農務主任として台北市北部の山あいに試験農場を設置し、現地の風土に適応する食味の良いコメ品種の開発や種子増産などに取り組んだ。
 台湾の在来種は長粒のインディカ米で、味も収量も芳しくなかった。日本から種もみを持ち込んで栽培や交配を繰り返し、後に「蓬莱(ほうらい)米」と命名される品種を生み出した。
 収量の安定、日本輸出による取引価格の上昇などで農家所得が向上し、全土に栽培が普及。試験農場の周辺に学校を整備するなど教育振興にも当たった。現在も台湾産米の9割が蓬莱米に由来する品種という。
 先人の功績と日台交流の歴史を後世に伝えようと台湾政府は、平沢氏が中心となって設置した竹子湖蓬莱米原種田事務所と農業倉庫を改修し、昨年12月に記念館を開設した。平沢氏の取り組みを紹介するパネルなどを展示している。
 事務所の完成から88周年となる3月8日、現地で記念イベントを企画。宮城県が間を取り持つ形で、平沢氏の孫に当たる佐藤田鶴子さん(68)=仙台市青葉区=と夫の重邦さん(73)が招待を受けた。蓬莱米育成の歩みなどをテーマにした講演や演奏会のほか、平沢氏をしのぶ場を設け、佐藤さん夫妻と現地の関係者が交流を深めるという。
 佐藤さんは「祖父は生前、昔の仕事のことを多く語らなかったが、台湾の人々や自然に対する深い愛着をずっと持ち続けていた。100年前の足跡をかみしめながら、感謝の気持ちを伝えたい」と話す。


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2016年02月29日月曜日


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