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<巣立ち>災害救助 次は自分が

野球部の後輩から花束を贈られ握手する佐藤さん(左から2人目)=南三陸町の志津川高

 東日本大震災が発生した5年前、宮城県南三陸町の避難所で出会った自衛官に憧れ、今春に陸上自衛隊に入隊する志津川高3年の佐藤梨弘(りく)さん(17)が1日、卒業した。全国の応援を受け、3年間は野球に打ち込んだ。門出の日、「支援してくれた人のためにも信頼される大人になる」と前を見詰めた。
 佐藤さんは自宅を津波で流され、仮設住宅で暮らす。震災時は志津川中1年で、高台にある学校にいた。あの日、多くの町民が泣きながら避難してきた。不安で胸が張り裂けそうになっていた。
 町は一変した。建物は鉄骨だけが残り、泥が一面を覆う。途方に暮れて志津川高の避難所に行った時、声を掛けてくれたのが炊き出し支援の自衛隊員だった。
 「俺たちも災害救助を頑張るから、君もここで人生を諦めずに頑張ってくれ」
 言葉に勇気をもらった。高台から、隊員ががれきをかき分けて行方不明者を捜す姿が見えた。「あんな風に人を助けたい」と必死に目に焼き付けた。
 迷いもあった。実家は祖父の代から土木会社を営む。3人きょうだいで男は自分だけ。町は震災後から人口減少が続く。志津川に残るべきだろうか。気持ちを見透かすように父は「やりたい職に挑戦してみなさい」と後押ししてくれた。
 昨年12月、自衛官候補生に合格した。自衛隊の活動範囲を格段に広げる安全保障関連法は今月中に施行される。「自分が決めた道。どんな任務もやり通すつもりだ」と語る。
 小学校から野球に打ち込み、流失した道具は全国から届けられた。高校では捕手を務め、仮設住宅が建つ校庭で工夫して練習した。3年の夏の県大会では16強に残る快挙を達成した。仙台育英と対戦した4回戦は、仙台市の球場に多くの町民が駆け付けてくれた。
 大好きな野球を続け、夢を持つことができたのは家族や教師、全国の支援者、そして、あの日の自衛官のおかげだ。佐藤さんは「感謝の気持ちを忘れず、災害現場で困っている人がいたら今度は自分が支えたい」と力を込めた。


2016年03月02日水曜日


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