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<災害公営住宅>孤独死防ぐ 思い胸に

1日も欠かさず災害公営住宅で夜の見守り活動を行う青木さん

◎自立への一歩(中)見守り

 午後9時、仙台市太白区鹿野本町の災害公営住宅「鹿野復興公営住宅」2階の廊下に、青木治男さん(69)が姿を現した。底がすり減った白い運動靴を履き、青木さんは一戸一戸に目配りしながら日課となった巡回に出発した。
 「ブォーン」。給湯器の作動音が夜の災害公営住宅に静かに響く。青木さんは足を止めて暮らしの息遣いを確かめると、「良かった」と安堵(あんど)の表情を浮かべた。

 青木さんがたった1人で見守り活動を始めて1年近くがたった。毎晩午後9〜10時、約1時間かけて鹿野復興公営住宅2棟(69世帯)を隅々まで見て回る。
 「SOSをすぐに見つけることは難しい。毎日見回っていれば、小さな変化にも気付ける」と青木さん。
 チェックポイントは部屋の明かりやベランダの洗濯物、新聞、玄関の花など細部にわたる。廊下やエレベーター、駐輪場なども巡回する。
 青木さんは2014年9月に入居した。当時、隣に住んでいた80代の女性にあいさつすると「脚が悪いので毎日声を掛けて」と頼まれた。それ以降、女性宅のインターホンを毎夕押し、「お変わりありませんか」「お元気ですか」と声を掛けるのが日課となった。
 女性宅に声を掛けるようになって約3カ月後。女性から「寒くなったので、青木さんが体調を崩されては困る。暖かくなるまで声掛けはしなくていい」と言われた。
 青木さんは、かえって心配になり、外からそっと見守る現在のスタイルに変えた。見守る範囲は女性宅がある2階から徐々に災害公営住宅全体へと広がった。

 阪神大震災の被災者が暮らす兵庫県内の災害公営住宅では、孤独死が大きな社会問題になった。兵庫県警の検視結果を基にした集計によると、災害復興公営住宅での00〜15年の孤独死は計897人に上る。
 仙台市によると、市内の災害公営住宅で「孤独死」した人は統計上いない。市が参考にする宮城県の定義に「孤独死」がそもそも存在しないからだ。実際には、1人暮らしの高齢者らが誰にもみとられずに亡くなったケースは複数、確認されている。
 鹿野復興公営住宅の班長松野昭次さん(72)は「東日本大震災で生き残った人たちが、災害公営住宅で孤独死するのは胸が痛い。青木さんは雨の日も雪の日も欠かさず見守り活動をしてくれる」と感謝する。
 「不審者と勘違いされることもあった」と苦笑いする青木さん。孤独死を出さない−。そんな思いを胸にきょうも1人、夜の災害公営住宅を歩く。


2016年03月03日木曜日

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