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<検証変貌するまち>理想と現実にギャップ

災害公営住宅の建設が進む鹿折地区を見詰める小野寺良男さん。「住宅も1軒、2軒と建ってくれば街のにぎわいは戻るはず」と期待する=2月26日、気仙沼市

◎気仙沼・鹿折地区

 元のまちに住みたい−。東日本大震災で市街地が消滅した気仙沼市鹿折地区の復興土地区画整理事業は、住民の思いをかなえるために始まった。震災から5年がたち、理想と現実のギャップが広がっている。(高橋鉄男)

 自宅が津波で流された小野寺良男さん(80)は、再び鹿折に家を建てる。昨年、区画整理後の宅地引き渡しが1年延び、2017年春になることが発表された。「家の再建を生きる糧にしている。一日でも早く」。待ち遠しい日々を送る。
 市は鹿折の41.9ヘクタールを海抜3メートル以上にかさ上げし、防潮堤も造って震災級の津波でも浸水しない市街地にする計画だ。事業費は157億円。13年度に着工し、15〜17年度に換地した土地を引き渡す。
 大規模なかさ上げ工事は遅れ気味だ。小野寺さんが知る限り、近所の住民のうち鹿折に戻ることが確実なのは2軒しかない。
 「先に完成した高台の集団移転団地に移ったり、内陸部での仮暮らしで子どもに友達ができたり。鹿折から離れてしまっている」
 鹿折への住宅再建を望むのは39世帯−。市が昨秋実施した意向調査で、プレハブとみなしの仮設入居者3338世帯(回答率92.2%)の回答結果は、関係者に衝撃を与えた。
 市は12、13両年の意向調査を基に、鹿折に震災前と同じ約2500人の街を築く計画を立てていた。計画の実現には、ことし完成する災害公営住宅(284戸)と住宅再建が頼みの綱となる。現実には多くの住民が別の場所に移ったとみられる。
 鹿折の自宅が被災した小野寺由美子さん(51)も昨年、内陸部に自宅を構える土地を購入した。「今でも鹿折に戻りたいが、内陸の方が買い物や移動に便利。5年になり周りの人も戻らず、心をつなぎ留めるものがなくなった」と明かす。
 巨費を投じた被災市街地ににぎわいは戻るのか。「かもめ通り」の名で親しまれた鹿折の商店会「浜商栄会」は1月に事業協同組合を設けた。新しい街区で年内にも商店や鮮魚店が営業を始める見込みだ。
 「店も何もないところに家を建てたいという人はいない。私たちが呼び水になる」。組合代表理事で写真店を営む佐川真一さん(61)は力説する。
 震災で浜商栄会の32軒が被災した。仮設店舗などで営業を再開させた22軒のうち、鹿折に戻るのは9軒のみ。それでも商店街復活への思いは強い。
 「行政が掲げる理想の街が一気にできるはずがない」と佐川さん。鹿折にはコンビニエンスストアやスーパー、ドラッグストアの出店話もある。「初めは大変かもしれないが、生活環境が整えば住民は増える。伸びしろがあると思った方がいい」と先を見据える。


2016年03月06日日曜日

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