岩手のニュース

<検証変貌するまち>安心感と不便さ同居

田老地区中心部からの集団移転先で、復興のつち音が響く三王団地=宮古市

◎震災5年(中)先行地の苦悩

 三陸の海を望む高台に、真新しいアスファルト道路で仕切られた団地が現れた。面積は約25.5ヘクタール。自力再建用の宅地区画が161ある。将来、少なくとも数百人が暮らす。
 岩手県宮古市田老地区の三陸鉄道田老駅から北東に約1キロの三王団地。津波で壊滅した地区中心部からの防災集団移転で昨年9月に造成された。

<商店まで15分>
 100戸以上の集団移転団地として岩手県内で最初に整備された。標高約30〜60メートルの敷地で住宅再建が急ピッチで進む。昨年11月には6棟36戸の災害公営住宅も建った。
 仮設住宅から災害公営住宅に移って3カ月になる花輪チエさん(73)は「静かな所で地震があっても津波は来ない安心感がある。ただ坂道が少し不便だね」とつぶやく。
 買い物はほとんど仮設商店街の移動販売車や配達に頼る。最も近い団地下の店まで歩いて15分。上り坂となる帰りは30分かかる。「豆腐なんかを欲しいとき、ちょっと買いに行けないのがねえ」と打ち明ける。
 団地には市の内科診療所や消防分署ができるが、商店の出店予定は雑貨店や理容店だけ。生鮮食料品を扱う店の開設計画はない。
 多くの商店は、区画整理事業が進む国道45号沿いの元の中心部で再建を目指す。仮設商店街事業者らでつくる「たろちゃんハウス協同組合」の箱石英夫理事長は「地元客だけでなく通行客の需要が見込める。団地の固定客のみでは経営が厳しいと考える商店主が多い」と語る。
 田老は津波とともに歴史を重ねてきた。1933年の昭和三陸地震後にも三王団地とほぼ同じ場所への高台移転が検討されたが、漁師の生活を優先して現地再建を選択。「万里の長城」と呼ばれる巨大防潮堤が建設された。
 震災の大津波は、その田老の象徴を軽々と越えた。
 市は「次こそ安らげるまちを」と呼び掛け、住民有志によるまちづくり検討会での議論や住民意向調査を経て、高台移転を決めた。

<予想外の出費>
 三王団地では1月末現在で住宅95棟が着工したが、思わぬ誤算が生じた。団地は段丘状で、のり面のある宅地が多い。擁壁工事で住民が予想外の出費を強いられるケースが出た。資材の高騰も追い打ちを掛け、自己負担が増えた。
 田老まちづくり協議会会長で三王団地に自宅を再建する田中和七さん(61)は「計画段階の平面図から現状を正確に想像できた人はいないのではないか。もめずに計画は進んできたが…」と困惑を隠さない。
 市都市計画課の中村晃課長は「迅速な復興が求められる中、安全を前提に説明を重ねて進めた。団地を経由するバスの増便など利便性の向上に取り組んでいる」と理解を求める。
 安心と住みやすさの両立。誕生したまちで模索が続く。(高木大毅)


2016年03月07日月曜日


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