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<適少社会>生き残りへ造船業再編

2月にあった新造船の進水式で握手を交わす木戸浦さん(左)と吉田さん。長年培った造船技術を「みらい造船」に託す=気仙沼市浪板

◎人口減 復興のかたち[16]第3部なりわい創出(5完)決意の船出

 船を乗せた台座が海から浮かび上がり、陸のドックへ水平移動する。国内に二つしかないシップリフトを備えた造船団地が近い将来、気仙沼湾に誕生する。
 国内有数の水産都市を支えてきた宮城県気仙沼市の造船業界は、東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた。施設の流失だけではない。造船所が集まる湾東岸の浪板地区は、地盤沈下で海岸線が約10メートル後退した。
 水に漬かりながらの作業がつらい。「造船能力は以前の6割以下。復旧には大規模な土盛りが必要だがとてもできない」。木戸浦造船社長の木戸浦健歓(たけよし)さん(45)は海に沈んだ作業場にため息をつく。
 多くの造船所が同じ悩みを持つ。商売をたたむ選択もあった。基幹産業の誇りと使命感が許さなかった。
 市の人口は2015年国勢調査で6万4917。前回10年調査からの減少率は宮城県内の市で最大の11.7%だ。造船業は機械、塗装、電気など裾野が広い。市内で1000人以上が働く。船を造る、直す機能があってこそ、水産都市の総合力が生きる。

 資源を集中し、経営を効率化する。経営者たちは人口減を踏まえ、移転再建に生き残りを懸けた。13年4月、気仙沼造船団地協同組合を設立した。造船所と関連業者計18社が参加する。
 予定地は湾西岸の同市朝日町の4.1ヘクタール。シップリフト方式は、船を台に乗せて斜路を引く従来式に比べ経費はかかるが、作業効率、安全性に富む。従来式では困難だった作業場を守る防潮堤の建設が実現する。
 総事業費は105億円で3分の2は国の補助を充てる。市内に点在する関連業者を集め、約250人が働く見通しだ。新年度着工で17年3月完成を掲げる。被災後は総トン数400トンまでの漁船の造船、修理が中心だが、団地では長さ60メートル、1500トンの大型船建造も可能になる。
 各社の得意分野を生かすため、50年、100年と守り続けた看板も下ろす覚悟だ。団地の中核は、木戸浦造船など造船4社が合併する「みらい造船」が担う。

 「実績の積み重ねが復興の弾みになる」。会長に就く吉田造船鉄工所社長の吉田慶吾さん(58)は決意をにじませる。社長となる木戸浦さんは「下ろした看板と同じだけは続ける」と次の100年を見据える。
 変革への志は若者にも届き始めた。近年ほとんど絶えた新卒の就職希望者が出てきた。
 木戸浦造船に就職2年目の三上葵さん(20)は「みらい造船に希望を感じた。気仙沼の職人の力を世界に知らせたい」と技を磨く。
 吉田さんや木戸浦さんは、地元の漁業振興に軸足を置きつつ、造船技術を生かした新分野にも果敢に挑む考えだ。斜陽の先の「みらい」へ。気仙沼の造船業界は船出する。(「適少社会」取材班)


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2016年03月08日火曜日


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