広域のニュース

<震災5年>再起と奮起 幾千の夢

情熱的に舞うモアナ梨江さん(右から2人目)=いわき市のスパリゾートハワイアンズ

 深い悲しみに包まれた。そこから一歩一歩、前に進んできた。東日本大震災で傷ついた被災地で、人々は支え合いながら懸命に生きている。涙も合った。笑顔もあった。

◎歳月重ねた わたしの思い きのう、きょう、あした

<福島を背負い舞う>
 福島県いわき市の温泉レジャー施設のダンスチーム「フラガール」。リーダーのモアナ梨江さん(本名・大森梨江)は「5年間、仲間と無我夢中で走り続けた」。
 震災と原発事故で「全てが終わった」と思う日もあった。メンバーが初めて集まったのは約1カ月後。「踊りたい」。福島の元気を伝える「全国きずなキャラバン」を5月から敢行し、125カ所を巡った。
 「やるしかないと思った。踊れる喜びも感じた」。フラガールは復興を目指す福島のシンボルとなった。
 福島第1原発が立地する双葉町の帰還困難区域に自宅がある。「最初はまだ、人が住んでいた空気があった。時がたつにつれ、家が朽ち、空気も景色も変わった。一時帰宅する度に、心にずっしりくる」。切なさは胸に秘める。
 フラガールは半世紀前、炭鉱町を崩壊から救うため結成された。歴史は重なる。「震災後、復興の先頭に立ってチャレンジする気持ちを強く持った。5年たっても、これから先も、私たちは使命を背負っていく」
 風化はさせない。「福島で起きたことを、福島で生きる人たちの姿をもっと見てほしい」。復興のステージで、情熱的に舞う。

 福島第1原発事故で避難を強いられた福島県富岡町立養護老人ホーム東風荘。郡山市に仮設施設を開いて3年が過ぎた。故郷へ戻る日を待ち望む入所者も少なくない。町は2017年春の帰還開始を目指すが、施設長の佐々木誠司さん(58)は高齢者が安定した生活を送るには時間がかかると見る。地域や家族との分断を背負い、職員は明るく振る舞う。「もうしばらくここで頑張ろうね」

 津波で被災した仙台市宮城野区蒲生北部地区。震災前から地元の和田町内会長を務める高橋実さん(78)が、全壊した自宅跡を訪ね、津波に耐えた門柱の前で古里に思いを巡らせる。町内会長として震災直後から奔走。がれき撤去など地域の課題について住民と行政の橋渡し役を担った。町内会は間もなく解散する。「笑顔を絶やさなければ道は開ける。これからも地域再生に貢献したい」と誓う。

 「地震が来たらすぐに逃げて」。宮城県山元町で被災した渡辺修次さん(64)=同県亘理町=は、震災語り部として避難の大切さを訴え続ける。山元・山下中校長の時、卒業式の直後に震災に遭い生徒4人を亡くした。「犠牲になった生徒たちに『逃げろ』と言いたかった。こんなつらい経験、誰にも二度とさせたくない」。教え子の鎮魂と地域再生を願い、各所に幸せの黄色いハンカチを掲げる。

 宮城県石巻市のパート榊美紗子さん(27)が高台にある市内の日和山公園から門脇小一帯を見下ろす。津波で流された自宅があった場所だ。目を閉じると、震災で亡くなった母と祖母、行方不明になった父の在りし日が思い浮かぶ。姿は見えない。存在を身近に感じながら一人で生きる。「あの日から5年たっても、震災のニュースに触れるたび涙が出る。歩き続けられるのは家族が見守ってくれるから」

 宮城県栗原市花山出身の農業阿部麻衣子さん(31)は2008年、岩手・宮城内陸地震に見舞われ、花山の自宅が全壊。仮設住宅暮らしを経て、宮城県東松島市へ嫁いだ。新婚4カ月で自宅、イチゴハウスが津波に襲われた。「2度目の仮設住宅暮らしが今も続きます」。義母恵美子さん(56)とアルバイトをしながらイチゴ復活を期し、13年に出荷を再開。「おいしいイチゴを届けたい」。その思いが実った。

 福島県広野町の大和田瑠華さん(16)は、原発事故からの教育復興を目指して昨春開校した「ふたば未来学園高」の1期生。古里の課題を解決する「社会起業部」の部長だ。「まちおこしや復興にすごく興味がある」。原発事故で一時、避難した。悲しいこと、学んだこと、起きた全てを受け入れて前に進もうと思っている。「自分たちが動けば変わる。やりたいことを全力でやって、後悔しない」

 震災後に覚えたデジタルカメラが、岩手県大槌町の越田ミサさん(77)を支えた。仮設住宅の仲間やボランティアを撮ると笑顔が広がり、沈みがちな心が軽くなった。昨年11月に娘夫婦が建てた家に入ったが、ことし1月に60年連れ添った夫が82歳で他界。かつての自宅近くの高台に夫が建てた山小屋を訪ね、周囲のツバキを眺める春の日を待つ。「くよくよしても始まらない。明るく生きないと」

 自殺対策の傍ら津波で被災した経営者の相談に応じる、秋田市のNPO法人「蜘蛛の糸」理事長の佐藤久男さん(72)。釜石市などを訪問するほか定期的に電話をかけ、経営に失敗した自身の経験を基に助言する。弁当店や旅館などの再建を見守ってきた。今後は災害公営住宅で暮らす人たちの声にも耳を傾けたいと考える。「復興の速度は遅く感じる。あと10年は通って彼らの復興を見届けたい」

 「失った家族4人は心の中にいる」。岩手県陸前高田市の電器店経営小島幸久さん(44)は昨秋、気持ちを受け止めてくれる人と出会い再婚した。家族のことを口にしても嫌な顔をせず聞いてくれる。亡き妻の懐かしい味を思い出して頼むと作ってくれる。思い出を封印しなくていい。固まっていた心がほぐれるのを感じる。年内にも高台に店舗兼住宅を建てる。「子どもも欲しい。夢のある家にしたい」

 福島県南相馬市から山形県南陽市へ避難する中島明日香さん(33)。人と向き合う仕事がしたいとヨガ講師の資格を取り、新たな一歩を踏み出した。本当は何回も、両親や祖父母が暮らす古里へ帰りたいと思った。帰還をとどまらせたのは、友人に恵まれ元気に学校へ通う息子の存在。2人ともサッカーに夢中だ。「今は南陽にいたいという息子の気持ちを大切にしたい。3人で協力して、ここで頑張っていく」


2016年03月11日金曜日


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