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<震災5年>あすへ歩む あの日胸に

朝日に照らされる宮城県南三陸町志津川地区。震災の脅威を伝える町防災対策庁舎(中央左)の周囲は復興のつち音が響く。立ち並ぶ仮設住宅(手前)には今も多くの人が暮らす=10日午前7時15分ごろ

 東日本大震災の発生から11日午後2時46分で5年がたつ。未曽有の大災害が突き付けた困難と向き合い、積み重ねてきた災後の日々。再生への道は長く、まだまだ半ばだ。少しずつ開く復興の扉。差し込む光は道を照らしているだろうか。
 津波で壊滅的な被害を受けた街や集落では、新たなまちづくりが進む。かさ上げで大量の土を盛った被災地はまるで異空間だ。5年がたった復興途上の景観が問い掛けるものを思う。
 震災と東京電力福島第1原発事故は、長い仮住まいを強いた。なお17万4000人が避難生活を送る。コミュニティーは揺らぎ、家族の分断も招いた。特に福島では、古里に戻るか否か、戻れるのかどうか、少なからぬ人が答えを出せずにいる。
 大切な人を失った悲しみは、時が経過したから癒えるものではない。掛け替えのない亡き人を思い続け、これからも共に生きる。
 被災直後の混乱を極める中、みんなで支え合おうとする姿があちこちで見られた。再生に向けた第一歩を象徴する光景だったのかもしれない。
 被災地のあすを思う各地の人々が、震災を語り継ぎ、見守り続けてくれている。心をつなぎ、東北は今あらためて前を向く。


2016年03月11日金曜日


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