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津波防御かさ上げ県道 集落取り残され憤り

会見で、かさ上げ県道のルート変更を訴える岩佐代表(左端)ら住民グループのメンバー
被災した自宅を修繕して15戸が戻った笠野地区

 東日本大震災で被災した宮城県山元町笠野地区の住民らが12日、津波防御の「かさ上げ県道」計画に反対するグループを結成した。集落が海側に取り残されるためで、防御ライン内に入るよう県に整備ルートの変更を求めていく。

 県がかさ上げを計画しているのは、町の沿岸部を南北に走る県道相馬亘理線。花釜生活センター跡の脇にある交差点から海側に折れて南下する現在の県道と離れ、約500メートル西側の内陸移設で使われなくなるJR旧常磐線の路盤に合流する。津波防御の二線堤として、北部5メートル、南部4メートルにかさ上げされる。
 主に県道沿いに集落があった笠野地区は242戸の大半が津波で被災。うち15戸が町が災害危険区域に指定した沿岸部に戻り、住宅を修繕して暮らす。修繕費は1000万円前後という。現計画でかさ上げ県道が整備されれば、集落は津波防御ラインから外れてしまう。
 住民らは2013年9月、町議会にルート変更を求める請願を提出したが、町に十分な減災対策を講じるよう強く求める決議をした上で不採択とされた。
 グループには、同様に被災して自宅が整備ルートの用地にかかった花釜地区の住民も同調し、計十数戸が加わる。代表の岩佐隆彦さん(59)ら9人が岩佐さんのイチゴ栽培施設で会見し、結成を報告した。
 岩佐代表は「震災直後、町から『自宅を修繕して住んでいい』と説明を受けたのに、この計画は私たちを住民と思っていない。町にルート変更を掛け合ったが駄目だった。県と責任をなすりつけ合っている」と憤る。岩佐好之さん(55)も「県、町への不信感でいっぱいだ」と語る。
 今後、避難道路や避難タワーの整備など集落の安全対策も求めたい考え。斎藤俊夫町長との対話も望む。花釜地区側の代表の高橋誠一さん(69)は「転居するにも資金が限られるし、土地を離れたくない。ルートさえ変更されれば、みんなが救われる」と訴える。


2016年03月13日日曜日

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