宮城のニュース

<ベガルタ>ウイルソン熱い思い 被災地で躍動

鹿島戦の前半、シュートを放つ仙台のウイルソン選手。左は鹿島・小笠原満男選手(岩手・大船渡高出)=12日

 東日本大震災後、余震や東京電力福島第1原発事故の影響を恐れ、サッカーJリーグの外国人選手が相次いで日本を去った。J1仙台のFWウイルソン選手(30)は、震災の影響が色濃く残る2012年に入団した。それから4年、被災地のクラブの最前線で活躍する。温厚な人柄で多くのサポーターに愛されるストライカーは、今季も「少しでも勇気と喜びを届けたい」と被災者に心を寄せて戦う。

 仙台市泉区のユアテックスタジアム仙台で12日にあったホーム鹿島戦。ウイルソン選手は前半8分、先制点を呼び込むアシストをした。「サポーターにいい試合を見せられた。(今季の得点はまだだが)状態は上がってきている」と手応えをつかんだ。
 「日本は何度も大きな震災を乗り越えてきた。今回も大丈夫だと信じていた」
 中国のクラブに所属していた11年、仙台からオファーがあった。原発事故現場の隣県・宮城にあるチームの誘いに「母国ブラジルの家族は心配した」。だが、選手として新たな一歩を踏み出す決意は固かった。
 「長男が小さかったが、妻は『あなたが言うなら』と了承してくれた」と、一緒に来てくれた家族に感謝する。
 シーズン合間の12年6月、宮城県七ケ浜町の被災地を初めて訪問。「がれきを目の前にし、悲しみを抑えられなかった」。同時に闘争心が生まれた。「自分も(被災者と同様)何かに立ち向かう身。仙台で結果を出してやろう」
 12年シーズンでいきなりリーグ戦13得点を記録し、リーグのベストイレブンになった。「震災で大変な状況なのに、最後まで声をからしてくれた」。原動力となった仙台サポーターの声援は「熱狂的な母国のサポーターに負けない」。今もそう思う。
 他クラブからのオファーは断ってきた。「妻も2人の息子も仙台が好き。誰に対しても敬意を払う日本人の性格も好きだ。今はブラジルのクラブに戻るつもりもない」と話す。
 仙台の外国人選手では過去最長の在籍5年目に突入した。「まだ達成していない目標は得点王に輝き、チームに初優勝をもたらすこと。サポーターと喜びを共有したい」。熱い思いは、日本人選手に負けない。(狭間優作)


2016年03月13日日曜日


先頭に戻る