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<気仙沼線>利便性向上や定着を期待

JR気仙沼駅を出発した気仙沼線のBRT車両

 東日本大震災で被災したJR気仙沼線に関し、宮城県気仙沼市がバス高速輸送システム(BRT)による本格復旧を受け入れた18日、地元では利便性向上や地域の足として定着することを期待した。
 高校を卒業したばかりの気仙沼市の佐藤星里奈さん(18)は、不動の沢駅で通学に使ってきたBRTに乗り込んだ。「運転免許を取ると乗らなくなるかも。でも運転できない高齢者も多いので、もっと便利にしてほしい」と話した。
 気仙沼線は1977年に柳津−本吉間が開業し、全線開通を果たした。同市本吉町の津谷地区振興会連絡協議会長を務める芳賀繁さん(67)は「これからBRTや路線バスを支えるのは住民自身。行政は交通とともに地域も持続できるような政策を住民主体で進めて」と訴える。市は新年度に総合交通政策室を新設する考えだ。
 沿線の登米市と南三陸町は、昨年12月の沿線自治体首長会議でBRT受け入れを表明した。佐藤仁南三陸町長は「大船渡線を含め沿線自治体が歩調を合わせることができた」と歓迎。布施孝尚登米市長も「BRTを利用した観光ルートなどを一緒に考えれば相乗効果が出せる」と思い描く。
 被災地では、BRTの駅や専用道の整備とともにまちづくりも進む。仮設施設で運営し、JR東日本が再建に協力する気仙沼市の道の駅「大谷海岸」の小野寺正道駅長(59)は「観光のシンボルになるようなものができ、市内に人が流れる好循環ができればうれしい」と話した。


2016年03月19日土曜日


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