山形のニュース

<あなたに伝えたい>でも生きていてほしかった

仏壇の遺影を見詰め、歩さんと凛ちゃんを思う真智子さん

◎菊池真智子さん(山形県酒田市)から高橋歩さん、凛ちゃんへ

 真智子さん 2人の5回目の命日は、宮城県女川町の海で手を合わせてきました。
 初孫の凛は6カ月になったばかりでした。歩は「やんちゃ坊主になるよ」と言っていましたが、成長した姿を思い描くことができません。
 歩と凛は揺れの後、社宅に住む人たちと広場に出ていて津波にのまれました。
 凛を抱いた歩は石垣にはい上がろうとしていたそうです。先に上っていた人が歩に「子どもを放せ」と叫んだらしいのですが、「放せない」と答え、そのまま流されていったそうです。
 前々日に地震があった夜、歩と電話で津波の話をしました。「4階の自宅に逃げれば大丈夫」と話してくれましたが、実際には屋上も泥をかぶっていました。日本海側では想像もできないような大きな津波だったのですね。
 2カ月近く探し回ってようやく、歩に会えました。変わり果てた姿でした。
 親より先に子どもが逝くのはつらいことです。あの時、凛を放せば歩だけでも助かったのか。命を選ぶことはできないけれど、それでも歩には生きていてほしかった。でも、そうすれば今の私と同じ思いをさせてしまう…。
 歩は小さいころから、きょうだいの面倒をよく見てくれました。高校では生徒会長を務め、結婚前には看護師をしていました。正義感の強い子でしたから、凛を放すことは絶対になかったでしょう。
 凛はまだ行方が分かりませんが、もしかしたらどこかで誰かに育ててもらっているかもしれない。見つからないことでそう考えられるのが救いです。

◎乳児抱えて津波にのまれた娘

 高橋歩さん=当時(26)=、凛ちゃん=同(6カ月)= 酒田市の保育士菊池真智子さん(52)の長女歩さんは、宮城県女川町にあった電力会社の社宅アパート4階に夫(31)と長男凛ちゃんの3人で暮らしていた。約2カ月後に歩さんの身元を確認。凛ちゃんはいまも行方が分かっていない。


2016年03月20日日曜日


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