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<みやぎ富県10年>電機の盛衰 地域翻弄

再生を期すソニー仙台テクノロジーセンター。復興支援で提供した建屋にはインキュベーション(ふ化)施設「みやぎ復興パーク」が設けられ、企業などが数多く入居する=多賀城市

◎製造業の現場から(4)光と影

 高度経済成長期、世界に君臨したエレクトロニクス産業の2大巨頭。それぞれ宮城県内に築いた生産拠点で光と影が交錯する。

<2000人超雇用>
 1954年、多賀城市桜木に旧東京通信工業(現ソニー)の仙台工場が誕生した。県内初の誘致企業として稼働を続け、92年に「ソニー仙台テクノロジーセンター」に名称を変更した。
 同社はオーディオビジュアル(AV)分野で世界市場を席巻した。センターはビデオテープと光ディスクの開発生産拠点として、最盛期には登米市内の事業所を含め2000人を超す従業員がいた。
 しかし90年代後半、アジア勢の台頭で電機業界の競争が激化すると大規模リストラを始める。県内事業所も再編や売却が進む中、多賀城には「キャリアデザイン室」、通称「追い出し部屋」が設置された。
 配属された元社員によると、貸与されたパソコンで再就職先を探す日々。肩たたき役の幹部も対象となった。多い時で80人が在籍したキャリア室は2014年8月に廃止。元社員は早期退職に応じず、定年まで勤めた。
 生産設備が津波などの被害を受けた11年3月の東日本大震災も再編を加速させた。センターの約280人が福島、神奈川などの拠点に転勤を余儀なくされた。
 構内の人員は約1300人まで削減された。世界的に需要が増す高密度磁気テープとブルーレイディスクの供給に生き残りを懸ける。センターの大崎博之代表は「ここでしか作れないものがある。記録メディアはソニーのお家芸。重要開発拠点の撤退はあり得ない」と強調する。
 国際競争をリードした生産技術をビジネスに変える動きも加速する。
 パナソニックは本拠地の大阪と、仙台工場(名取市)で15年4月、企業を有料で支援する「ナレッジサービス」を始めた。

<失敗伝える>
 中小企業を主なターゲットに、商品の企画から製造、出荷に至るまでの課題解決を現場で手伝う。工場設備を使う試作品の性能評価も受け入れる。
 74年設立の仙台工場はオーディオ製品生産の主力拠点として稼働し、00年には800人が在籍していた。しかし生産が海外に移され、従業員は70人まで減少。事業分野が光学部品の量産技術開発に絞られる中、新事業の舞台となった。
 相談件数はまだ3件。中村真一ナレッジサービス推進室長は「今まで企業秘密だった部分も含めて、パナソニックの全ての分野の失敗経験を伝え、解決策を見つける」と意気込む。
 05年に就任した村井嘉浩知事の「富県戦略」は、自動車関連産業の集積などで結実した。一方、電機やIT関連の生産拠点がグローバル経済の激流に翻弄(ほんろう)され、地域経済を脅かす場面は今なお続く。
 2強が県内で歩んだ歴史に学ぶべき点は多い。


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2016年03月23日水曜日


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