宮城のニュース

<その先へ>復興の歩み撮り 長く伝えていく

写真について来場者に説明する中村さん(右)

◎仙台育英学園高1年 中村綾杜さん=東松島市大曲

 A4判の写真を大きめな色紙に丁寧に貼った手作りのパネルが並ぶ。昨年に全線再開したJR仙石線、津波で被災した宮城県東松島市の旧野蒜駅、建設が進む石巻市市立病院…。
 東日本大震災から5年となる11日、東松島市大曲地区に住む中村綾杜(りょうと)さん(16)=仙台育英学園高1年=は、地元の大曲市民センターで写真展を開いた。
 2011年から、石巻地域を歩いて、見て、復興の歩みをカメラに収めてきた。その一部を企画展として6日と11日の2回、市内で発表した。
 「被災の爪痕がはっきりと分かる写真よりも、見た人が笑顔になるような写真を選んだ」

 震災時は大曲小5年だった。学校で地震に遭い、自宅に戻って避難の準備をしていた。家の前で海の方角を見ると、黒い水が家屋の2階部分やがれきとともに押し寄せてきた。急いで家族と車に乗り込み、間一髪、難を逃れた。
 小学6年の11年夏まで、支援物資の配布などボランティアに携わった。配る物資が少なくなり、ふと思った。次は何をすれば、人の役に立てるのだろう…。
 頭に浮かんだのが、この現実を記録し、残すこと。「子どもだからこそ、大人よりずっと長く、伝えていける」。プロジェクト「写真で伝える被災地」と名付け、時間を見つけては被災地を巡り始めた。
 気になった光景を写真に撮る。それをフェイスブックで公開する。反響が返ってくる。何を伝えればいいのか、考える。そしてまた、被災地へ。

 そうして撮りためた写真を地元の人にも見てもらおう。仲間も増やしたい。そんな思いで今回、手作りの写真展を企画した。
 会場には、市民だけでなく、市内の仮設住宅で支援活動を続ける関東の高校生も訪れた。大曲浜地区に完成した防潮堤の写真に目を向けている。すかさず、中村さんが説明する。
 「高い堤防ができて、安全面は向上したけれど、逆に海の様子が分かりにくくなった。災害時に海を見に行って犠牲になる人を出さないためには、何が必要かを考えなくちゃいけない。無線など周知体制の整備も大事だと思う」
 写真を見て分かる復興だけでなく、その背景にある課題も伝えたかった。
 1人で取り組むプロジェクトだけに、継続するのが大変なときもある。それでも、震災を今後、後世にずっと語り続けられるのは自分たちの世代だ、と強く思う。「ここで終わってしまっては意味がない」
 会場でアンケートを記入してもらった。「高校1年でここまでやるとは頭が下がる」「貴重な写真を見せてくれてありがとう」…。 ちょっぴり、光が差し込んだ気がした。(八木高寛)


関連ページ: 宮城 社会 その先へ

2016年03月23日水曜日


先頭に戻る