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<震災遺構>大川小全体保存 門脇小は一部

全体保存する方針が決まった大川小=2016年2月11日
一部または部分保存の方針が固まった門脇小校舎=2012年9月20日

 東日本大震災の津波で児童・教職員計84人が犠牲になった宮城県石巻市大川小の被災校舎について、亀山紘市長が震災遺構として全体を保存する方針を決めたことが25日、分かった。もう一つの候補に挙がっていた門脇小の校舎も一部を保存する。26日に記者会見を開いて保存を正式に表明する。
 関係者によると、市は1自治体一つしか認められていない復興庁負担の震災遺構の初期費用を門脇小に充て、大川小は防災教育のモニュメントと位置付けて保存する方向で国と細部を詰めている。門脇小の方が保存のための費用がかさむためという。
 大川小は「存置」という考え方で校舎をそのまま残す。「校舎を見たくない」という遺族らの心情に配慮し、周辺を公園化して植栽などで囲むことを検討している。
 老朽化している門脇小校舎は耐震補強に掛かるコストが膨らむ上、地元住民の反対もあり、市は全体保存は難しいと判断。一部もしくは部分的な保存にとどめることにした。保存場所は現地か、隣接する南浜地区にできる復興祈念公園に移設する方向で調整している。
 市の庁内組織・震災遺構調整会議の試算によると、大川小の全体保存には、校舎内部の公開活用の有無で6億6700万〜2億2300万円の費用が必要。門脇小の部分保存では、公開活用の有無で7億600万〜2億9100万円掛かる。
 両校舎をめぐっては、市の震災伝承検討委員会が2014年12月、亀山市長に門脇小の保存を提言した。昨年5月には地元住民でつくる大川地区復興協議会が大川小の全体保存を要望し、市は両校舎を同列にして保存是非の検討を開始。亀山市長はともに遺構としての価値を認め、保存を検討してきた。
 市が昨年10月に実施した市民アンケートでは、両校舎ともに保存と解体の賛否が拮抗(きっこう)。「時間をかけて話し合うべきだ」という意見も多かったが、亀山市長は「残すべきものは早く残した方がいい」と年度内に結論を出す考えを示していた。

[石巻市大川小、門脇小]大川小の校舎は1985年に完成。震災で児童108人のうち70人が死亡、4人が行方不明、教職員13人のうち10人が死亡した。現在は二俣小の校舎で授業をする。門脇小の校舎は1956〜59年に段階的に建築。震災で津波と火災の被害を受けた。既に下校していた児童7人が犠牲となった。昨年4月、石巻小と統合した。


2016年03月26日土曜日

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