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<楽天>銀次の誓い 被災地「蘇生」

東日本大震災からの復興の願いを胸に、1回の打席に向かう東北楽天の銀次選手

 プロ野球東北楽天は25日、仙台市の楽天Koboスタジアム宮城で開幕戦を迎えた。新選手会長の銀次内野手(28)=岩手県普代村出身=は、東日本大震災発生から5年を経て迎える今季、「被災地に元気、勇気を与え、笑顔になってもらえるプレーをする」と誓う。この日はチームをまとめ、四球で出塁するなどして逆転勝利に貢献した。
 「東北出身選手の代表として、希望の光になりたい気持ちは常にあった」。震災後の5年間と、銀次選手が成長曲線を描いてきた期間はほぼ一致する。高卒6年目の2011年に1軍定着の足掛かりを築き、翌年主力に台頭。13年には打率3割1分7厘を記録して球団初の日本一に尽くした。今や日本代表にも度々選ばれる。
 06年に岩手・盛岡中央高から捕手として入団後、5年間は2軍暮らしが長かった。既に1軍に定着した高卒同期もいた10年、内野手に転向した。「亀のように地道に努力し、チームの顔に上り詰めた」。当時の2軍首脳は銀次選手が歩んだ道をこう評する。
 常に心の支えとなり、銀次選手の過去、現在、未来をつなぐような曲がある。
 13年から打席に入る際の登場曲にしているミスターチルドレンの「蘇生」だ。「打ち損じたり、失策をしたりしてコンチクショーと思った時は(歌詞の)<そう何度でも何度でも>を思い出し、立ち上がる力にしてきた」。登場曲に合わせて観客席から手拍子が起きると「勇気をもらえる」と言う。
 曲には、ひそかに被災地へ伝えたい思いも込める。登場時には時間の関係で流されない<叶(かな)いもしない>から<塗り替えればいいさ>までの歌詞だ。「震災前の日々を取り戻したくても、そうはならない人たちが大勢いる。でも少しずつでも目の前を明るくしていくことはできる」。大きな津波被害を受けた岩手県沿岸出身だからこその思いだ。
 選手会長として最大の目標は2度目の日本一に輝くこと。13年の日本シリーズ第7戦で田中将大投手(現ヤンキース)が登場曲「あとひとつ」(ファンキーモンキーベイビーズ)とともに、九回に救援登板して抑え、劇的に日本一になった記憶が今も鮮明にある。
 「正直、あれ以上のドラマはなし得ないと思ってきた。でももう一度あの夢みたいな瞬間に立ち会い、将大のようにチームを支えたい」。東北が再び歓喜の渦に包まれる日まで困難に立ち向かう決意。いつの日も、その胸にはメロディーが流れている。<そう何度でも何度でも>(金野正之)


2016年03月26日土曜日


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