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<北海道新幹線>過酷トンネル掘削 開業万感

亡くなった仲間への思いを胸に、青函トンネル入り口で北海道新幹線開業を喜ぶ佐々木さん=26日午後3時50分ごろ、青森県今別町浜名

 1973年の整備計画決定から43年、本州と北海道がついに新幹線でつながった。北海道新幹線は青函トンネルを駆け抜け、新青森−新函館北斗間を約1時間で結ぶ。67年から約15年にわたりトンネルの掘削工事に携わった青森市の無職佐々木毅三さん(72)は、万感の思いで開業を迎えた。
 26日午後3時50分ごろ、北海道新幹線下り新函館北斗行き「はやぶさ19号」が、青函トンネルに吸い込まれていった。「亡くなった工事仲間に見せてやりたかった」。青函トンネル入口広場(青森県今別町)から見ていた佐々木さんの口から、思わず言葉が漏れた。
 全国の工事現場を回り故郷の青森県七戸町に戻った64年ごろ、知り合いからトンネル工事の誘いを受けた。「世紀の大工事。現場に入りたかった」。迷わず参加を決めた。
 当初から新幹線走行を想定した工事は過酷を極めた。日本鉄道建設公団(現鉄道建設・運輸施設整備支援機構)の臨時職員として67年6月、同県外ケ浜町にあった竜飛鉄道建設所の現場に入った。
 着工の準備段階から先進導坑の掘削に携わった。400人を超える職員が3交代制で勤務。狭く暗い坑内で専用の機械を使うと、耳鳴りや手のしびれが止まらなかった。
 69年冬の異常出水が忘れられない。約1200メートル掘ったところで水が出始め、首まで水に漬かった。「死ぬという恐怖はなかった。将来新幹線も通るトンネルが駄目になるという思いだけ。水との闘いだった」と振り返る。水が止まったのは9カ月後だった。
 先進導坑は83年1月に貫通した。「青森側から風が流れたのを覚えている。時間がかかり『後進導坑』と言われたけど」と苦笑する。
 現在、先進導坑は青函トンネルの安全を支える重要な役割を果たしている。本坑の下を走り、常に出続けている水を排出する。先進導坑が使えなくなれば本坑は水没する。「トンネルの安全を守る工事に関われたのは誇りだ」
 4月12日には当時の工事関係者たちと新幹線に乗車する。再会するのは数十年ぶりだ。「開業で、当時のように北海道側の作業員と交流できると思うとうれしい」と顔をほころばせる。一方で、地元の新青森駅が「通過駅」となりはしないか気に掛かる。「函館から下北半島を抜けて青森に立ち寄り新幹線で帰るような人の流れができたら」と期待する。

[青函トンネル工事]鉄道が通る本坑に先駆けて、先進導坑が地質調査と施工技術の開発を目的に掘削された。北海道側で1967年3月、本州側で70年1月に着工し83年1月に貫通。本坑は71年9月に着工、88年3月に貫通した。先進導坑は本坑より低い地点を通るため、湧き水を地上に出す排水溝を兼ねる。工事では、作業事故などにより北海道側で16人、本州側18人の計34人が命を落とした。


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2016年03月27日日曜日

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