岩手のニュース

<3.11と今>生きる力 歌声にのせ

臼沢さんは大槌への思いをあらためてかみしめる。「震災でふるさとの大切さを知ることができた」=13日、名取市閖上
岩手県の沿岸市町村を応援するイベントに出演した臼沢さん=2012年10月13日、岩手県田野畑村

◎東北魂(2)歌手 臼沢みさきさん=岩手県大槌町出身

 伸びやかな声が空に吸い込まれていく。
 東日本大震災で壊滅的被害を受けた岩手県大槌町で生まれ育った歌手臼沢みさきさん(17)。2014年春、盛岡市の高校に進んだ。盛岡を拠点に音楽活動に打ち込む。
 今月半ば、震災関連のテレビ番組出演のため宮城県を訪問。津波で壊滅し再生を期す名取市閖上で熱唱した。
 幼いころから民謡で鍛えた歌唱力が評価され、震災から1年が過ぎた12年にデビューした。被災地支援のコンサートで歌ったり、岩手冬季国体のイメージソングを担当したりと、東北に根差した活動を続ける。
 11年3月11日は大槌小の6年生だった。卒業式を数日後に控え、校舎で激しい揺れに襲われた。
 避難した裏山で、町が海にのみこまれていくのを見た。これが現実?
 「怖いというより、不思議な感覚だった」と振り返る。
 町の犠牲者は1200人余りに上る。家族や自宅は無事だったが、知り合いや友人が命を落とした。

 余震におびえた避難生活。近くにいた人がふいにいなくなる怖さ。「あしたが来る保証なんて誰にもないんだ」。失って初めて当たり前の生活のありがたさに気が付いた。
 民謡を始めたのは小学3年のとき。近所の人に誘われ、民謡教室をのぞいたのがきっかけだった。なぜか、初めて聴く曲を懐かしく感じた。
 節回し、発声。練習を重ねて上手にできるようになると夢中になった。10年には民謡コンクールで小学生の部の最高賞を受賞した。
 震災の1カ月後、民謡教室のメンバーと避難所の慰問に出向いた。被災した人たちは着の身着のまま、段ボールで仕切った狭いスペースに身を寄せていた。
 「みんな着る服もままならない中で、着物なんか着て歌っていいのだろうか」。大きな被害のなかった自分が和服姿でいることが申し訳なかった。
 岩手県の民謡「外山節」を歌うと、会場の雰囲気が変わった。お年寄りが涙を流して口ずさんだり、一緒に手拍子をしたり。
 「また歌ってね」。力強く手を握ってくれた人もいた。
 歌に希望や勇気を感じてもらえるのなら「聴いている時だけでも嫌なことを忘れてほしい」。心を込めて歌った。

 あの日から5年。復興事業が進むにつれ通い慣れた道は消え、かさ上げされた整地が姿を見せ始めた。津波が何もかも奪い去った町の風景は、日々変わりゆく。
 けれども大槌らしさは今も変わらないと思う。人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルと言われる湾内の蓬莱島、防災無線から流れるひょっこりひょうたん島のテーマソング。何より、人々の温かさ。盛岡から大槌に戻るたびに実感する。
 ふるさとの再生とともに、歌手臼沢みさきも前を向いて歩いていく。
 大好きな歌で大槌に、東北に、そして世界に届けよう。あしたも生きていこうと思えるような、心のエネルギーになる歌を。(伊東由紀子)


2016年03月27日日曜日

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