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<福島で生きる>復興と幸せ 2人で育む

鏡の前でスタイリストと共にウエディングドレスを選ぶ小林さん=14日、郡山市

◎女性と原発事故(2)嫁ぐ 小林奈保子さん

 ウエディングドレスをまとい、幸せな花嫁になる。生まれ育った大好きな福島の地で。
 小林奈保子さん(28)は昨年11月、福島県浪江町役場職員の直樹さん(33)と結婚した。直樹さんとは東京電力福島第1原発事故の復興支援の仕事を通して知り合った。ことし5月、式を挙げる。
 福島県田村市が委託する「復興応援隊」の一員だ。避難区域が設定されていた同市都路地区を中心にお年寄りの見守り活動や生活支援を担う。
 東日本大震災が起きた時は求職中だった。震災直後、知り合いとともに県内の避難所を訪れた。何もできず、悔しさが募った。2013年9月、応援隊員を募集しているのを知り、勤めていた食品会社を辞めて飛び込んだ。

 応援隊は当初、お年寄りたちに警戒された。何か支援できることはないかと一軒一軒訪ね歩いた。「あんたたち誰だ。やることねえから帰れ」。追い返されることもしばしばあった。
 距離を縮めたのが、14年2月の豪雪だった。スコップを手に住民宅を訪ね、2週間にわたって雪かきを続けた。
 春が訪れるころには、住民とすっかり打ち解けた。最近は「頑張りすぎちゃ駄目よ」と気遣われることも多い。温かい言葉を掛けられると、思わず涙腺が緩む。
 応援隊の活動で悩んでいたとき、陰で支えてくれたのが直樹さんだった。
 13年11月、県外からの視察団体に同行し、福島県二本松市に仮役場を置く浪江町役場を訪れた。その夜の懇親会。直樹さんが語るタブレット端末による町民への情報発信や、県外避難者への支援が興味深かった。
 出会って1年後に交際を始め、昨年6月にプロポーズされた。奈保子さんは田村市に、直樹さんは二本松市のアパートに離れて暮らす。来春、浪江の避難指示が解除され、役場機能を町へ移すことになれば、さらに距離が広がるかもしれない。
 避難指示が解除されたとはいえ、放射能の不安が全くないわけではない。風邪をひいた時、「もしかしたら体に良くないのかな」と弱気になることもある。それでも「都路の人たちを支援する仕事のやりがいは何物にも代え難い」と思う。

 いずれは福島で子どもを生み育てたい。「放射能より、自分がきちんと子育てできるかとか、ママ友とうまく付き合えるか、そっちの方が心配」と笑う。
 福島の女性が県外に避難するのも、県内に住み続けるのも、それぞれの選択と尊重したい。「生きたい場所で生きるのが一番じゃないかな」
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 東京電力福島第1原発事故から5年が過ぎた。福島から県外へ避難する人がクローズアップされる一方、県内には約96万人の女性が住み、働き、結婚し、子育てに励んでいる。福島で暮らし続ける女性たちを取材した。(福島総局・桐生薫子)


2016年03月30日水曜日

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