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<その先へ>日隠山の夕日 次代へ

海渡神社の境内で、日隠山の夕日を見詰める鎌田さん(右)=3月20日、福島県大熊町

◎おおくまふるさと塾顧問 鎌田清衛さん=須賀川市

 「あっ、出てきた。すごい」「観音様に後光が差しているみたいだ」
 東京電力福島第1原発事故に伴い全町避難する福島県大熊町。春分の日の3月20日夕、小入野地区の海渡(みわたり)神社で防護服姿の一団が歓声を上げた。
 生涯学習団体「おおくまふるさと塾」の塾生ら8人。町西部にある日隠(ひがくれ)山に沈む夕日に、視線はくぎ付けになった。
 日没の数分間だけ、夕日が顔を出した。空が瞬く間に黄金色に輝いた。「これまで見た日隠山の日没の中で一番素晴らしい。残光がきれいだった」。ふるさと塾顧問の鎌田清衛さん(73)=須賀川市=が笑顔で語った。

 彼岸の中日に海渡神社から日隠山を望むと、11キロ離れた山に日が沈むように見える。この現象を見つけたのが小入野地区のナシ農家だった鎌田さんだ。30代のころ、日隠山の由来に興味を持ち、仕事の合間に車で日没の場所を探し続け、60歳の時に突き止めた。 5年前の春分の日に合わせ、ふるさと塾は「日隠山の日没を見る会」の準備を進めていた。その矢先に原発事故が起きた。鎌田さんは寝たきりの母親らとともに、須賀川市のアパートに身を寄せた。
 小入野地区は立ち入りが原則禁止されている帰還困難区域。除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設の予定地になった。
 原発事故後も、春分の日と秋分の日に他の塾生と神社に出掛け、日隠山の日没を見守っている。除染は手付かずだ。毎回、防護服が欠かせない。

 2014年には周囲を調べた内容をまとめ、「日隠山に陽は沈む」を自費出版。「民俗学的に貴重な財産を残さなければいけない」と神社の保存を訴える。中間貯蔵施設の予定地にある石碑に紙を当て、鉛筆で文字や模様をこすり出す「フロッタージュ」に取り組む。
 「大熊は原発以外何もないというイメージが強いが、自然や生活が穏やかで平和な町だった。足跡を末永く残したい」
 町民の体験談や言い伝えを聞き書きした「残しておきたい 大熊のはなし」(歴史春秋社)を3月に出版した。基にしたのは東日本大震災前の取材メモだ。一時帰宅した際、野生動物に荒らされた家の中からようやく探し出した。変わり果てた古里の風景を撮影して載せた。
 「大熊に人が戻るとしたら、次の次の世代。祖父母の古里に戻った人が夢を追い、まだ知られていない町の歴史を調べるきっかけになればいい」
 半世紀余り栽培した特産ナシの栽培史、近くの飛行場で訓練した特攻隊員の鎮魂を願う石塚。津波の犠牲者も取り上げた。
 日隠山の夕日は大熊の宝物だ。町の軌跡とともに次世代に伝えようと、鎌田さんは人が住めなくなったふるさとに通い続ける。
(跡部裕史)


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2016年04月03日日曜日


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