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<東北再生>縮小社会の復興議論を

 増田寛也(ますだ・ひろや)1951年、東京都生まれ。東大卒。旧建設省を経て、95年から岩手県知事を3期12年。2007年8月から08年9月まで総務相。09年から野村総合研究所顧問。

◎再生委員に聞く/元総務相 増田寛也氏(64)

<理念を再確認>
 東日本大震災の復興が集中期から創生期に切り替わったタイミングで、あらためて復興の理念を確認する必要がありそうだ。
 ハードの復旧に主眼を置いてきたわが国の災害復興は今回、質的に大きく変化した。東日本大震災復興基本法が暮らしの復興、心の復興に言及するとともに「21世紀半ばにおける日本のあるべき姿を目指す」ことを基本理念に掲げているからだ。
 復興の遅れを指摘する声を多く聞くが、その評価軸は震災以前の暮らしを基準にしている。要するに「2011年3月10日の暮らしを取り戻せていない」という主張だ。冷徹な言い方かもしれないが、復興目標は「21世紀半ば」であり「5年前」ではない。
 1995年の阪神大震災は、日本がぎりぎり成長過程にある中で発生した。日本の人口は2008年を頂点に減少局面へ入っており、東日本大震災はその3年後に起きている。国勢調査でも震災前年の10年調査までは人口が伸びていたが、15年調査で初めて減少に転じた。
 今すぐ、さまざまな手を打ったとしても日本社会の縮小トレンドは21世紀半ばまで続くだろう。そうだとしたら「21世紀半ばの日本のあるべき姿」と「縮小社会とどう向き合うか」は同義と言えるのではないか。
 ここで復興の使命、震災で時計の針が30年ぐらい一気に進んでしまった東北の使命もおのずと明らかになる。いまだ悲しみの癒えない東北が、縮小社会の最適解を見つけ出さなければならないのだ。大変過酷な作業となることをいま一度、覚悟したい。

<プロセス大事>
 21世紀半ばの東北で暮らしているのは、いまやっと生まれたぐらいの子どもたち。新しい東北を描く作業は、いま生きている被災者の生活維持とは分けて考えなければならない。
 しかし政治は、50年先を見据えて東北をどうするべきかに考えが及ばず、批判を恐れて予算だけを投じてきた。復興庁は、自分たちで考えなさいと被災地に役割を丸投げしている。被災自治体は、いまの住民に寄り添うことを優先せざるを得ない。
 これでは「21世紀半ば」を目指して議論するテーブルがどこにもない。
 皆で地方創生を議論する場をつくり、そのプロセスを大事にしてほしい。とりわけ女性と若者を巻き込まないと、縮小社会の最適解は見いだせないだろう。復興のスピードを問うこととは別の座標軸、視座が見つかれば、それが復興の最終形であり、同時に日本のあるべき姿を示すことになるはずだ。

◎河北新報社提言

 【安全安心のまちづくり】
(1)高台移住の促進・定着
(2)地域の医療を担う人材育成
(3)新たな「共助」の仕組みづくり

 【新しい産業システムの創生】
(4)世界に誇る三陸の水産業振興
(5)仙台平野の先進的な農業再生
(6)地域に密着した再生可能エネルギー戦略
(7)世界に先駆けた減災産業の集積
(8)地域再生ビジターズ産業の創出

 【東北の連帯】
(9)自立的復興へ東北再生共同体を創設
(10)東北共同復興債による資金調達
(11)交通・物流ネットワークの強化


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2016年04月24日日曜日


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