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<その先へ>帰村しても集う場に

寄付された着物の柄を見せる佐野さん(中央)と会の仲間たち=飯舘村八和木

◎カーネーションの会代表 佐野ハツノさん=福島県飯舘村

 東京電力福島第1原発事故を受け、避難した福島市の仮設住宅で古い着物を再利用した「までい着」を作る福島県飯舘村の女性の会が、村に戻った後も活動を続けることを決心した。政府による全村の避難指示解除は来年3月の見通し。代表の佐野ハツノさん(67)は「村の特産品、女性の仕事に育て、にぎわいを生みたい」と話す。
 同村八和木の佐野さん宅の作業場から9日、陽気な笑い声が響いた。までい着作りの「カーネーションの会」(20人)のメンバーが一時帰宅して集い、仙台市など各地の支援者から届いた古着を陰干ししていた。
 多彩な色、柄の生かし方を話し合い、水洗い、糸抜きの後、上下の普段着のほか、バッグや小物に仕立て直す。首都圏の百貨店が毎年3月を中心に応援の販売会を催すなど、販路は少しずつ広がっている。

 までい着は物がなかった戦中戦後、古着を捨てず子ども服に直した村の女性の手技から生まれた。2011年の全村避難後、福島市の松川工業団地第1仮設住宅の管理人だった佐野さんが、目標や生きがいをなくす年配者らに「飯舘らしい活動をしよう」と呼び掛け、同年秋に会をつくった。
 避難指示解除とともに、仮設住宅もいずれ閉鎖の日が来る。佐野さんは3年前からがんの治療中だが、農業の夫幸正さん(69)と帰村することを決め、避難中に傷んだ自宅をリフォームしている。会の仲間で、帰村したいと話すのは60代の6人ほどにすぎない。
 「70〜80代の仲間も帰りたい気持ちが強い。でも、福島市など村外に新居を建てる家族と同居するほかない、独りでは暮らせないと悩んでいる」と佐野さん。
 「それでは、仮設住宅で培った縁も途切れてしまう。までい着作りを続けよう」というのがメンバーの思いだ。「大勢の人の善意に支えられた活動をやめられない」「離れても、週1回集えれば生きる励みになる」と話し合ってきた。

 会の新たな拠点は、村に置く予定。「避難指示が解除され、すぐ帰村する人はわずかだと思う。でも、にぎわいをつくれば新たに参加する人、お茶を飲みに来る人、村に帰ろうという人が出てくるかもしれない」
 帰村がかなえば佐野さん夫婦は除染を終えた田畑でコメ、野菜作りを再開するつもりだ。ただ、根強い風評があり、「自分たちが食べる分だけでも仕方がない」と厳しくみている。
 「村の原点は、あるものを生かして手作りする『までい』の心。までい着作りが帰る人が生きられる収入に、いつかつながれば」と願う。(寺島英弥)


関連ページ: 福島 社会 その先へ

2016年04月27日水曜日


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