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<震災と憲法>不自由強いる仮設校舎

プレハブ仮設校舎で授業を受ける渡波中の生徒たち。薄い壁が二つの教室を隔てる=石巻市真野

◎被災地から考える(2)26条 教育を受ける権利

<机上の水泳授業>
 国語の教科書を読む声に重なり、隣の音楽室から歌声が流れ込む。プレハブ校舎の教室を隔てるのは薄い壁1枚だ。
 東日本大震災で浸水した宮城県石巻市渡波中(生徒320人)。学区外の稲井小の敷地に仮設校舎が立つ。
 「隣の教室から声が聞こえる」「上の階の足音やドアを閉める音が響き、集中できない」。生徒たちは口々に不満を漏らす。
 仮設校舎までほとんどがバスで通学する。登下校時、校門前に9台が列を作る。楽しいはずの放課後は、常に時計とにらめっこ。
 「バスを気にしないで、放課後に友達と遊んだり、勉強したりしたかった」。3年の佐藤良さん(14)は口をとがらす。
 佐藤さんは渡波小でも3年間、仮設校舎だった。「本物の校舎」で学んだ記憶は薄れつつある。
 今の渡波中には体育館もプールもない。別の学校の体育館を借りたり、水泳の授業は机上で理論を教えたり。「工夫してやっていくしかない」と中塩栄一校長は言う。
 部活動では、サッカー部と野球部、陸上部が、小学校の小さな校庭を分け合う。フットサル用のポストに、野球のボールが転がってくる。100メートル走のタイムも計れない。
 子どもたちは不自由と折り合いながら、制約の多い学校生活を送る。
 集団移転地に建設中の新校舎は来年3月末に完成予定だ。卒業式には間に合いそうにないという。仮設校舎から卒業生を送り出すのは、6年連続になる。
 被災した岩手、宮城、福島3県の公立小中高校で仮設などの仮校舎を利用するのは3月時点で71校に上る。仮設住宅から通う子どもも多く、学習環境が学校でも家庭でも、当たり前の水準に回復していないのが実情だ。

<地域の学校消滅>
 人口減が進む被災地では学校の統廃合が相次ぐ。
 宮城県女川町の離島、出島(いずしま)の女川四小と女川二中は2013年3月、地域と歩んだ歴史を閉じた。震災当時は28人の児童生徒が在籍した。
 ホタテ養殖業の木村吉則さん(60)の長女(17)と長男(15)は、島から避難したまま本土の学校に通う。仕事のため妻子と離れて島に残った木村さんはつぶやく。「子どもたちは戻りたいとも言わない。家族で一緒にいたいけど、島にはもう何もないから」
 出島からは病院も商店も消えた。そして子どもたちが生まれた地で学び、育つ機会も。


2016年05月02日月曜日


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