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白瀬中尉が仙台で家族写真? 情報呼び掛け

発見された白瀬の家族写真。前列中央右が白瀬矗、左隣がやす夫人(白瀬南極探検隊記念館提供)

 日本人として最初に南極を探検し、隊長を務めた白瀬矗(のぶ)陸軍中尉(1861〜1946年)=秋田県にかほ市金浦出身=の家族写真が初めて見つかった。遺族から寄贈を受けた白瀬南極探検隊記念館(にかほ市)によると、撮影された場所や年代がはっきりせず、妻の実家があり白瀬が21年間暮らした仙台の可能性もあるという。白瀬の仙台時代の資料は少ないだけに、記念館は研究を進めるとともに情報提供を呼び掛けている。
 写真は白瀬の遠縁に当たる海老沢康夫さん(77)=東京都=が記念館に寄贈した。白瀬と妻やす(1872〜1951年)のほか、子どもや屋号の入ったはんてんを着た男性らが写っている。
 軽装のやすに対し、白瀬と子どもたちはよそ行きの格好をしていることから、記念館は撮影場所を仙台市青葉区二日町で海産物商を営んでいたやすの実家とみている。
 撮影時期も特定できていない。記念館は当初、写っているのは白瀬夫妻と子どもと判断し、1900年〜02年前後の撮影と推察した。
 だが、国会図書館に残る同時期の別の写真と比べると、やすが老けているように見えるため、子どもは白瀬の長男知(とも)の子どもたちとの見方もある。
 白瀬は1881年、陸軍の仙台鎮台(後の第2師団)に配属された。予備役編入を経て99年に宮城県庁に赴任し、1902年に離れるまでの21年間、仙台に籍を置いた。87年にやすと結婚、93〜95年には千島探検に参加した。
 記念館の佐藤豊弘館長は「これまでの研究は生家や遺族が持つ資料が中心で仙台時代のものはほとんど見つかっていない。千島探検での経験がその後の南極探検の基礎になっており、研究を進めたい」と話す。
 連絡先は記念館0184(38)3765。


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2016年05月05日木曜日


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